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見ていると、顔を水につける訓練から教えたくなる。
しかし――。
茅ヶ崎は、初夏の陽射しを照り返すような白い肌、胸まである黒い髪を揺らす姿から、学内でも一目を置かれている。にこにこと笑えばまるで天使のようだ、と男女問わずファンが多いんだとさ。
つまり、ぼっちを愛する俺とは正反対の性格で、全校生徒から、憧れの眼差しを集めている。
そんな茅ヶ崎のことを、裏ではみんな、こう言っているらしい。
『みんなの茅ヶ崎さん』と。
意味までは、知らないが、みんなの憧れ。という意味だと、勝手に理解している。
校庭で鳴き始めた蝉の声が耳に届いてくる。
クイックターンを繰り返しながら、泳いでいく。
体が水の流れを捉えて、スピードが上がる。
息継ぎのタイミングで、隣のレーンを見ると、茅ヶ崎の姿が見えなった。
……ワッツ!
水中に顔をつけてみると、ぶくぶくぶくと、気泡を吐き出しながら、茅ヶ崎が溺れていた。
やっば!!!!
体を思いっきり反転させて、茅ヶ崎の元へと接近。
どんどん沈んでいく茅ヶ崎の腕を捕まえると、茅ヶ崎をかつぐようにして、プールサイドにまで泳いだ。
プールサイドに上がり、茅ヶ崎を引っぱり上げる。ぐったりした茅ヶ崎が、重くてなかなか引っぱり出せない。
なんで、補習の授業に限って体育の先生が遅れてくるんだよ。
あぁもう!
そんなことを嘆いても仕方ない。
おうぅ〜りゃぁ〜!
渾身の力で思いっきり引きづりあげると、水を吸い込んで意識のない茅ヶ崎の鼻を押さえ、口から思いっきり息を吹き込んだ。
その反動で、茅ヶ崎の口から水が逆流してくると、俺の口の中にドッバっと入ってきた。
生暖かい、ぬるっとしたものが無理矢理に喉を通って腹へと入ってくる――――。
この世のものとは思えない、異質なもののように感じた。
色は見えないが、緑とかそんな得体のしれないもの。
思いっきり咳き込んだ。
同時に、激しく立ちくらみがした。
数秒だと思う。
――――意識がふっと遠くなって、再び意識がはっきりした時、目の前の世界が変わっていた。変わっていたというと、語弊があるかもしれない。
俺の視界には、茅ヶ崎が写っていなかった――。
変わりに視界に写るその男性の顔を視線でなぞる。鼻が潰れていてブタ鼻のようで、ぱっとしない輪郭に、中学生から成長していない顔立ち。お笑いタレントなら、まだなんとか笑って許されるだろうに……。身長は一六七センチ。俺は、その人物について誰よりも詳しい。
そう、男性の名前は、神楽裕樹(かぐらゆうき)――俺自身だ。
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