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幻の料理
高級レストラン。中央の丸机に、考古学者と美食家がそれぞれ向かい合って椅子に座っている。他の客はいない。かしきりだ。美食家はナプキンをつけ、ナイフとフォークを手に持って、カトラリーケースの他は何も置かれてないただ白いテーブルのテーブルクロスを眼を輝かせながら眺めている。
『楽しみですね。文献にはちらほらと出て来る割にはその全容が全くつかめなかったという』
美食家の言葉に頷く考古学者。
『ええ、発掘現場からレシピが偶然発見されなければこうしてお目見えすることもなかったでしょうな』
うんうんと頷く美食家。考古学者はキッチンの方を向く。
『そろそろできる頃合いでしょうかな』
クンクンと鼻を動かす美食家。キッチンのほうから良い匂いが漂ってくる。
『いい匂いですな。食欲がそそられます』
靴音、そしてゴロゴロと車輪の転がる音。美食家はゴクリとつばを飲み込んで、舌なめずりをする。レストランワゴンを引き、やってくるボーイ。ワゴンの上にはクロッシュの乗った皿。
ゆっくりと近づいて来るクロッシュの乗った皿を見つめる美食家と考古学者。レストランワゴンは彼らの傍らに止まり、ボーイがクロッシュの乗った皿をテーブルの上に置く。照明の光に光沢を放つクロッシュを見つめる美食家と考古学者。考古学者が笑みを浮かべる。
『さて、お目見えといきますか』
大きくうなずく美食家。考古学者はボーイに目くばせし、ボーイは皿の上のクロッシュを取り外す。皿の上には失われた料理を再現した料理。その見栄えに感嘆の声を上げる美食家と考古学者。
『では、さっそく』
美食家はそう言って失われた料理を再現した料理をナイフとフォークで切り分け、口に運ぶ。美食家を見つめる考古学者とボーイ。美食家が料理を咀嚼する音が響く。暫くして、美食家が眉を顰める。その表情を目に映す考古学者とボーイ。ため息をつき、ボーイの方を向く美食家。
『ちょっと料理長を読んでくれませんか』
頷き、キッチンへと駆けて行くボーイ。美食家はナプキンで口元を拭う。怪訝な顔で美食家を見つめる考古学者。キッチンの方から駆けて来る料理長。
『どうしました?』
顔を上げ、料理長を睨む美食家。
『これ、ほんとにレシピ通りつくりました?』
頷く料理長。
『ええ。それはもちろん。翻訳された文献の通りに作りました。』
美食家は料理長の顔を覗き込む。
『妙なアレンジとかしなくていいんですよ。これは失われた食事を復…。』
『するわけ無いでしょう!』
美食家を一喝し、睨む料理長。美食家は不機嫌な表情で料理を口に運び、暫し咀嚼する。
『う~ん。なんか違うんだよな』
そして、考古学者の方を向く。
『…文献の翻訳、間違ってません?』
眉を顰める考古学者。
『箇条書きの短い文で絵と図もついていたので間違うことはないと思いますが』
ナイフで切られた料理の一切れをフォークで突き刺す美食家。
『…贋作では?』
『失礼な!年代測定のデータも出ていますよ!』
声を荒げる考古学者。ため息をついてフォークに突き刺した料理の一切れを口元まで運び、じっと眺める美食家。
『この味じゃないんだよ…。もっとこう…』
そう愚痴を呟き続ける美食家を眺める考古学者と料理長。
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