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東京に出てきた日のことを思い出した。
今思えば決して大都会のド真ん中ってわけじゃなかった八重洲北口。それでも立ち並ぶビルは地元の繁華街より遥かにデカくて、数も多くて、無性に息が苦しくなった。
部屋に積み重なっていた段ボールが、あの日見たビル群に似ていたのだ。このクソ狭い六畳一間のどこに隠れていたのか、そんなに多くないと思っていた荷物。一足先に業者の手で運び出されて、残るは僅かな日用品と着替えの詰まったリュックだけ。背負ってしまえばこの部屋に俺の所有物は、もうゼロだ。
「明日は七時に赤坂だからな」
がらんと広くなった(元が狭いのだから高が知れているが)部屋に立ち尽くす青町は、所在なさげにも見えたし、肩の荷が下りたようにも見えた。
「遅刻すんじゃねーぞ」
目覚まし時計は置いていく。青町は携帯のアラームなんかじゃ起きないから。何年か前に先輩からもらった古くさい時計は、畳まれた布団の横に鎮座している。寝起きの低血圧のままにそれをブッ叩くことももうないのだと思うと、急に名残惜しくなった。
「じゃあな、また明日」
青町にこの言葉を言うのはいつぶりだろう。考えてしまわないようにさっさと背を向け、狭い玄関に一足だけ残った自分の靴を履いた。
一歩外に出、錆びたドアが音をたてて閉まれば。鍵を持たない俺はもう、ここに来ることはない。
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