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本編
「おはよう! 体調はどう?」
ガチャっと木の扉が開いた音の後に女の声がした。ユーベルは微睡みの中で聞こえた声に、ぼんやりと『誰だ?』と疑問は浮かんだが、眠気には勝てない。
ユーベルは、主に午後から夜に活動しているため、いつもならまだ休んでいる時間である感覚があり、未だ目を開けずに、起きることを拒否する。
「んー……、もう少し寝かせてくれ」
「ほら、リヒト! 起きる時間だよ~」
体を軽く揺さぶられる。
誰だ……我の眠りを妨げる愚か者はっ! と、怒りで意識が覚醒したが、そこで気づく。
……ん? リヒト? ……ぁあ、そうだった。我はリヒトとかいう勇者の体に入ってしまったのだったな。はぁ~、とため息をつきながら、リヒトはゆっくりと上半身を起こす。
「うん! 少しは顔色が良くなってるね! まぁ、このローゼ様が治癒魔法をかけて、看病してあげたんだから、良くなるに決まってるけど」
ドヤ顔で発言する少女を無表情で見つめた。
「……」
「……」
しばし沈黙が続く。
「……ちょっと、リヒト。まだ本調子じゃないの? なんで、なにも言わないのよ。しかも、無表情!」
そうは言われたものの、目の前にいる少女とリヒトの関係も、そもそもリヒトという人間がどの様な人間であるのか知らないのだ、という事に思い立った。
さて、一体どうしたものか。我の態度でリヒトの様子がおかしいと思われるのは確実だろう。うーむ。やはり記憶喪失のふりが一番効率的だな。記憶喪失のふりは良いとして、言葉遣いや仕草なども出来る限り変えねばならんな。記憶喪失なら、その辺りも誤魔化せるだろう。
とりあえず、以前に読んだ書物によると、確か、人間の男は、自分のことを『僕』か『俺』か『私』と言うことが多いんだったな。一緒にいる少女を見ても、どう見てもまだ子供だろう。よし、とりあえず、第一人称は、『僕』でいってみるか。言葉遣いも子供らしく。本に書いてあったのを真似すれば、何とかなるだろう……きっと。
「昨日、確かここにいる経緯みたいなのは、説明してもらったけど、僕って、誰かな?? 君は僕のことを、リヒトと呼んでいたけど、僕は僕が誰なのかわからない。何も思い出せないんだ……」
「え? 何? いきなり何の遊び?」
「いや、遊びでも冗談でもなくて。君は誰? さっき、自分のことをローゼ様って言ってたよね。君の名前は、ローゼっていうの? 僕のこと……教えてくれないかな?」
少し不安気な表情を作って、じっと少女を見る。
「え……ぅぇえ~? う、嘘でしょ?」
ボソボソと独り言を言っていた少女は、溜息をつきながら、眉間に皺が寄った顔を片手で覆った。
「医者。医者を呼ぼう。リヒト、ちょっと待っててね」
そう告げるなり、少女は部屋を飛び出していった。
ーーしばらくすると、老人の男を連れてきた。
人の良さそうな見た目をした華奢な壮年の男は、ベッドの前に椅子を置き、少しズレた丸眼鏡をクイッと直すと、リヒトを観察する。
「記憶がないと聞いたんじゃが……」
「はい、僕が誰なのかわからないんです」
「そうか。では、ちょっと診させてもらうかの。お前さんは外で待っとれ」
少女に外に出るように指示を出すと、怪我や痣なども含め、全身をくまなく調べる。
「問題なさそうじゃ。では、いくつか質問するから、答えてくれるかのう?」
ーー診察が終わり、少女が呼ばれ、診断結果を告げられる。
「記憶喪失じゃな。落雷にあったと聞いたが、おそらく、その影響で記憶が混乱してるようじゃ。意識はしっかりしておるから、何かの拍子に思い出すじゃろう。万が一、記憶がそのままでも日常生活への支障は、そんなになさそうじゃから、お前さんが支えてやるんじゃな」
「……本当に……記憶喪失……?」
医者の隣に立っていた少女は呆然としながら、診断結果を聞いていたが、ハッと意識を戻し、診察の礼を述べて、頭を下げた。
医者が去った後、少女は、医者が座っていた椅子に座り、痛ましいものを見るような眼差しをリヒトに向けた。
「リヒト。記憶がなくて、不安に思うかもしれないけれど、ふとした事で記憶が戻るかもしれないから、あまり悲観しないでね。私がそばにいるし、リヒトの事も色々と教えるよ」
「大丈夫。ありがとう」
「じゃあ、早速、基本的な部分を教えるね。あなたは、ゾンネ村出身でリヒトという名前なの。14歳よ。13歳の時、勇者であるとの神託によって、先日、登城したわ。王都リュワールでの国王への謁見で、魔王討伐の命を受け、旅立ったばかりなの。まさか、王都を出てすぐに魔王が現れるとは思わなかったけど……」
リヒトは14歳か。確か、人間は14歳で成人だったな。まだ赤子のようなものだが、人間の寿命は短いと聞いていたし、妥当であるのか。
「そこで落雷にあったのよ。その後については昨日説明したから省くね。私はローゼ。リヒトの幼馴染で同じく14歳よ。職種は魔法使い。それと、後で改めて紹介するけど、もう1人一緒に旅に出た人がいるわ。アルベルトといって、18歳の戦士なの。彼が、リヒトを村まで運んでくれたんだけど、魔王が現れたから一度王都に戻って報告と情報収集に行ってるわ。明日には戻ってくるはずだから、リヒトが回復したら、港町のアルトに向かう予定よ。とりあえず、そんなところよ」
なるほど。幼馴染のローゼは14歳で魔法使いだな。それと、もう1人いるのか。名はアルベルトで、18歳の戦士。まぁ、それだけ覚えておけば良いだろう。
「そうか。ありがとう、ローゼ」
「早く記憶が戻ると良いね。とりあえず、動けるなら、食堂に行こうよ! お腹空いちゃった」
早く行こうとローザに急かされ、仕方なく食堂に向かうことにした。
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