雨雨坊主

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 わたしはビニール越しに空を見上げた。 空はまだ、当然のように晴れ渡っていた。スズメがピヨピヨと楽しげに飛んでゆく。消えそうな綿雲が、心細げに漂っている。後ろから、鼓膜の破れそうに大きなアナウンスが響く。「次は、白組応援団の登場です!」 「あのう。」わたしはしびれを切らして、尋ねた。 「はい。」 「どうやって、雨を降らせるのですか?」 「はい。それはこういうことになります。ひたすら自分にこう言い聞かせるのです。『晴れてくれ、晴れてくれ、今日という日はわたしにとってとても大事な日なのだから、どうにかして晴れてくれ。』それだけです」  わたしの頭の中は疑念でいっぱいになった。このまま雨の降るまで何日もこうして待たされるのではないか?そしてそれをさも自分の手柄のように主張して、金を奪っていくのではないか…  わたしがどうやってこの場を辞すべきかどうかについて、必死に思いを巡らせ始めたその時だった。ぽつりと音がして、ビニール傘が震えた。わたしはハッとして、空を見上げた。先ほどまではなかった雲がもくもくと集まり始めていた。空はみるみるうちに灰色に変わった。冷たい水滴がぽつぽつと降ってきて、見上げたわたしの鼻や目に染みた。    あっという間に、大雨になった。それは大音量で鳴り響いていた応援団の音楽がかき消されるほどの強い雨だった。人々が屋根を求めてテントの中へ駆け込んでいくのが見えた。むき出しの膝は雨で濡れた。わたしは呆然と目の前の男を見つめた。男はぼんやりと、空から振り落ちる雨を見つめていた。 「このくらいでよろしいでしょうか」 「はい、けっこうでございます」  その時、運動会の中止を告げるアナウンスが流れた。わたしは信じられない思いで男を見た。男はしかし、何をいうでもなく、突然頭を深々と下げたかと思うと、「それでは、失礼いたします」と言い残し、その場を後にした。   結局、母がブルマのポケットから三万円を見つけるまで、わたしは男に金を払い忘れたことを忘れていた。しかし怒り心頭の母にその三万円を没収されてしまったので、男に連絡することはできなくなってしまった。  それからしばらくの間、わたしは男からの金の催促を怯えながら待ち続けた。しかし全く連絡がなかったので、そのうち綺麗さっぱり忘れてしまった。
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