雨雨坊主

11/14
前へ
/14ページ
次へ
 式が始まるまで、後五分もなかった。それでは、ご新婦さま、こちらへどうぞ。神主に案内されて、手を清めた。シャッターの光が目に刺さった。だが何より眩しいのは、降り注ぐ太陽の光だった。    式は滞りなく進んでいった。わたしは言われるがままに座ったり立ったりして、人形のようにおとなしくしてさえいればよかった。途中からはもう、ひたすらぼんやりして、式の終わるのを待った。あんまりぼけっとしていたので、指輪を落としてしまったほどだった。    式はあっという間に終わってしまった。集合写真を撮り始めても、わたしはむすっとしていた。そこで主人になる男が、ようやっとわたしに釘を刺した。    おい、さっきから何をそんなにむすっとしているんだ。別に、とわたしは答えた。帯が苦しいだけ。あんたのと違ってね。  主人になる男は、眉をひそめた。そしてポージングを要求しようとするカメラマンに、ヘラヘラとあ、ちょっと、すみません。と言ってから、わたしに向かって怖い顔をしてみせた。それから低いささやき声で、昨日、約束したよね?と言った。今日は愛想よくしているって。そう約束したよね?    わたしは答えないで俯いていた。昨日のことを思い出すだけで、胸が締め付けられ、熱いものがこみ上げてきた。だって。わたしはきかんぼうの子供みたいに言った。だって、辛いんだも…    男はため息を吐いた。頼むよ。子供じゃないんだから。俺たちだけの式じゃないんだし。みんな、俺たち二人のためにわざわざ、来てくれたんだよ。お前ひとりのために、世界が回ってるわけじゃないんだから。    わかってる、わかってるけど。  わかってないね。お前はいつもそうやって子供っぽい…はあ。まあいいや。とにかく黙って、ニコニコしてさえいればいいんだよ。できるね?    悪いけど無理。わたしは首を振った。どうしても無理なの。    わかった。じゃあ、こうしよう。これが終わったら、ペットショップへ行って、新しいのを買おう。な?それでいいだろ。    わたしはもうその瞬間に、堰を切ったように泣き出した。よくもそんなことが。あの子の代わりなんていないのに。わたしがどれだけあの子を大事に思っていたか、わかるでしょう。あの子は、あの子は…わたしのすべてだった。あの子がいなければ、わたしは、生きてなんかいけないのに。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加