雨雨坊主

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 わたしは窮屈な着物から足を下品に伸ばして、カバンをひょいと引き寄せる。中から一枚の名刺を取り出して、じっと見つめる。そこには、今にも消え入りそうな文字で、   降雨師、照照雨男、電話・080××××××  とだけ、書かれてある。名刺はいつ見ても、少しだけ湿っている。わたしは耳をすませて、隣のブースの様子を伺う。義母のメイクは、あと5分もしないうちに終わってしまいそうだった。  わたしはスマートフォンにファンデーションの粉がくっつくのも構わないで、ほっぺたにそれを押し付けた。    男は初めて電話した時と変わらない、穏やかなそして適度に冷酷な調子で、電話に出た。わたしは注文内容を手短に告げた。すると男は率直に、間に合うかどうかわかりません、と言った。どうしても間に合わせてください、とわたしがいうと、努力させていただきます。と彼は答えた。わたしが早口で場所と式の時間を告げると、男は神妙に尋ねた。    ちなみに、ご希望の降り具合はございますか。    わたしは3秒考えてから、大雨でお願いしますと答えた。それくらいがちょうど良いと思ったのだった。
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