雨雨坊主

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 教室で飼っていたハムスターが死んだのは、名刺を拾ってからおよそ一ヶ月経った、暑い雨の日のことだった。茜ちゃんがケージの扉を閉め忘れたのが原因で脱走し、和式のトイレで溺れ死んだのだった。あの何よりも柔らかな毛がトイレの水に濡れているのを見ると、わたしの心は締め付けられた。生まれて初めて、自分以外のものを、かわいそうだと思った。    わたしはいつもハムスターに、全然触らせてもらえなかった。それは生き物係の茜ちゃんが、いつもハムスターを自分のもののように独占していたせいだった。    茜ちゃんはワンワン泣いた。しかし、自分がケージを閉め忘れたことは決して言わなかった。そしてその事実を知っていたのはわたしと、茜ちゃん本人だけだった。わたしは茜ちゃんをこれ以上悲しませることのないように、真実は胸にしまっておくことにした。  その翌日に、わたし達は運動会を控えていた。いつまでも喪に服している場合ではないのは、重々承知していた。運動会は年に一度の大事なお祭りで、ハムスターが死んだからと言って、中止するわけにはいかないのだった。    わたしはその日の帰り道、茜ちゃんに向かって、胸のうちにしまっていた想いを、率直に告げた。 「運動会、一ヶ月後だったら、良かったのにね。」   わたしはきっと、茜ちゃんもハムスターの死を胸の奥底で悔やんでいて、わたしと同じように思っているに違いないと思って、そう言ったのだった。しかし帰ってきた反応は、全く予想外のものだった。  茜ちゃんは信じられないという顔をして、「なんで?」と尋ねた。わたしは少しおびえながら、言った。 「だって、ハムきちが死んだばかりでさ、玉入れとか、かけっことか、する気にならなくない。」  茜ちゃんはわたしの発言に、すっかり気を悪くしたようだった。わたしはその時、茜ちゃんが応援団に所属していて、誰よりも運動会を楽しみにしていることを思い出した。  さっきまで泣き喚いていた茜ちゃんは、もうどこにもいなかった。そういえば、茜ちゃんは、クラスの男の子たちがいなくなった瞬間に、泣き止んだのだった。 「ごめん、なんでもないの」わたしはそう謝って、ハムスターのことはもう二度と口に出さないことに決めた。
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