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雄二のオフィスはTTC内のメインビル、二九階建の設計センターに在った。彼は首に掛けたIDを翳し、二重のセキュリティーゲートを抜け設計センター十八階のオフィス内に入った。閑散としたフロア内には既に課長の武川が出社していた。
「おはようございます。武川さん」
雄二に気付いた武川が課長席から顔を上げる。
「よう、雄二。おはよう。昨日は遅くまで申し訳なかったな」
武川は三五歳。豊国自動車の課長昇格年齢ではトップの早さだ。でも一緒に仕事をしていればその理由は直ぐに分かる。彼の技術レベルは非常に高く、判断もクイックでスマートだ。そんな武川を雄二はとても尊敬していた。
「いえ、今日の開発進捗会のデーター準備の仕事ですから。他の準備は大丈夫ですか?」
雄二は武川の指示で昨日の夜は〇時近くまで残り、開発進捗会用の駆動モーターの技術データーをまとめた。技術データーとは開発している駆動用モーターのQCD(品質・コスト・納期)のKPI(主要指標)のことだ。例えば品質では、モーターの出力、総合効率、質量等が評価される。コストでは全体原価、生産に要する設備や型・治工具の投資額等が、納期では開発日程、生産準備日程等が評価されることになる。どんなに素晴らしい性能を持ったモーターを設計出来ても、コストが高すぎて、開発日程に間に合わなければ意味が無い。この様な新型自動車の全体KPIの目標に対する達成状況を評価して、未達の項目に関して必要な対策アクションを論議する場が開発進捗会議であり、設計開発部門の常務執行役員が議長を務めていた。
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