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2.天狗の嫁とり(前編)
天狗には、親がいる。
当たり前のようだが、家族がいない鬼にはわからないことも多い。
「なあ、親父さんてさ、大天狗だから山で一番えらいんだろ?」
以前、大天狗は、鬼が隣の山にいるらしい、と、ふもとの人間から退治を頼まれたが、いざ見てみると自分の子、つまりこちらの天狗と同じ年頃の鬼を見て驚いたらしい。
もちろん人に危害を加えていないことを確認した上で、言葉も不十分で読み書きは言わずもがなという鬼に対して、愛情を持ち、実に色々なことを、ゆっくり、かつ、きっちり教え込んでくれたのだ。
今では、天狗と将棋をさせるほどになった。まあ、勝てるかどうかは読み書きとは別で、頭の回転が大事みたいだが。
そんな鬼は、大天狗をひたすら尊敬している。
しかし、いずれ大天狗が引退し、目の前にいる若い天狗が跡目を継ぐのが山の決まりらしいということを、烏天狗たちから聞いて最近知ったのだ。
一番偉い大天狗がなぜずっと偉いままでいてはいけないのか。一人で暮らす鬼には、世襲の本質は理解できないのだ。
「親父さんがずっと仕切ればいいだろ、なんで変わるんだよ」
「まあな、お前が言いたいこともわかるし、俺も重責は負いたくないんだけど」
天狗は、跡取りらしくなく、飄々と言う。
「お前、うちの一族に興味はないだろ?急にどうしたんだよ」
日が当たる縁側の将棋盤上で、天狗は淡々と駒を進めながら、ちらと鬼の顔を見た。
鬼は、天狗の繰り出す隙のない手にいちいち考えこむので、勝敗は見えているのに対局が進まない。
まあ、こうしてのんびり話すために、将棋を指しているようなものだから構わないのだが、鬼も同じことを考えていたようだ。
「だってよ」
やっと一手が決まったようだ。あー、そこは駄目だよなと天狗は思うが顔には出さない。
「お前が親父さんくらい偉くなったら、こうして気軽に遊べなくなるからさ…」
思わず口角が緩む。
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