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1.狐の嫁入り(後編)
そして、どのくらい経ったのか。
誰かの気配を感じて、目を覚ました。
夢を見ているに違いない。
大広間とは違う、行灯のあかりしかない座敷の布団の上で、鬼は真剣にそう思った。
「夢じゃないわよ」
やや意地悪く、目の前の豊満な胸がそう言った。
厳密に言うと、着物の前をややはだけ、なまめかしく胸を強調した女が、だ。
「ええと」
胸を見ながら記憶を辿る。
「あんたが嫁取りなんてびっくりしたわ。それにしても、ずいぶん好みが変わったのね」
思い出した。
もうだいぶ前に、どこからともなく鬼の元に通って来ていた女だ。
気づけば小屋にも山にすら来なくなり、もう随分経つ。しかし、居着いた女は今までもいなかったので、いなくなった時も鬼は意に介さなかった。
それが、今なぜか目の前にいる。
お前も狐だったのか?という鬼の間抜けな問いに、今まで知らなかったの?と逆に呆れたように女は問い返した。
山奥に人は寄り付かないが、人ではない者はごくたまにやってきた。人からすれば畏怖の対象である鬼は、それ以外の者にとっては、興味をそそられる対象でもあるらしい。
特に、女の格好をしたものにとっては、である。
「それは?」
「胸は本物よ」
触れるぎりぎりで胸を指差した鬼を一瞥し、女はおそろしく強い口調で即答した。
「だからさ、あんな平らなお子さまじゃなく、私と夫婦にならない?最近会えなくて本当に寂しかったのに」
まだ酔いで頭は完全には回っていないが、それでも状況は飲み込めてきた。
「あ、会いにいかなかったんじゃなくて、忙しかったのよ。これからは」
鬼が言葉を挟む間もなく、女は言い訳がましく付け足して、鬼ににじり寄りながら言う。
「これからは、ここで一緒に暮らしましょうよ。あんたも見た通り、一歩こちら側に入れば不自由なく暮らせるわ。なにもあんな、何もない山にいなくても」
酔ってはいるが、女が言わんとしてることはわかった。
そして、女の言葉を最後まで聞かずに、鬼は立ち上がった。
引き留めようとする手をやんわりと払うが、弾みで自分もふらついて布団に尻餅をつく。
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