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「よくわからないけどな」
足元が覚束ない自分に苦笑して、その場に座ったまま話を続けた。
「俺は、あの山しか知らないから、あそこから離れようとは思わないんだ。俺が山を出ないから、お前から山を出ていったんだろ」
女は図星を刺されたように押し黙る。
「けど」鬼の苦笑が微笑に変わる。
「姫さんなら、どこだろうと一緒にいてくれるような気がしてさ」
鬼は、腕に巻き付いた尾の感触と、腕の中のぬくもりを思い出し、歯を見せて笑った。
「まあ、小さくても、抱き心地はいいんじゃねーかな、ふさふさして」
それは小動物に対する感想じゃないの、と女が眉間に皺を寄せて反論するが、相好を崩した鬼の様子を見て、諦めたように溜め息をついた。
「はいはい、わかりました。私の負けです」
急に女の言い方がぞんざいになり、え、と鬼は目を丸くした。
「長にも言っておくわ。まあどこかでもう見てるかも知れないけど」
すっと立ち上がった女を見上げ、え?なんだ?おさ?と、困惑顔で鬼は問うが、それに対する返事はない。
しあわせにね、と言う言葉が聞こえたかと思うと、一瞬ののち、女は座敷からいなくなっていた。
なんなんだ一体、と思考を巡らせたが、酔いのせいもありすぐにどうでも良くなった。
鬼はそのまま、また深い眠りについた。
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