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「えー。じゃあ何もないまま帰ってきたの?」
残念がると言うより、面白がるような声の主は、烏天狗の姉だ。
すでに二十歳を越え、将来を約束した相手もいるが、束縛がいやだといまだに所帯を持っていない。
他の烏天狗たちも一緒に住まう屋敷の一室なので、少し声を落として会話をしている。
「悪い?」
なんと返していいかわからず、あさっての方向を見ながら言う。
もったいない!と、こちらは鬼とは違う意味で言われた。
「跡取り息子だよ、跡取り!何年も前から、皆いつ輿入れするのか待ってたんだよ!ちゃんとつかまえなきゃ!」
まくし立てられたが、彼女自身は最初から乗り気ではなかったし、幸運というよりは仕組まれていた事実もわかり、さらには姉をはじめ、自分以外の家族がそれを知っていたのも複雑な心境に追い討ちをかけた。
しかも、当の天狗本人の気持ちが、いまいちどころか全然わからない。
このまま話が立ち消えるのかなあ、まあそれでも構わないか、などと、漠然と考えた。
「でもさ、良い具合に育っだよね!若もいいけどさ、赤い子も」
鬼のことだ。
小さい頃から、しょっちゅうこちらに来ては無邪気に騒いでいるが、その様子が可愛いと、年上の女性からは密かに人気があるというのは彼女も知っていた。
そして、体も成長して大人の雰囲気も纏うようになった彼のことを、一人の異性のお相手として意識し、実際に誘うお姉さま方がいるのも知っている。
「元々あの子、顔立ちは悪くないから。大きくなったら良い男になるとは思ってたけどね」
そうか?
まあ、見てくれは悪くないけど、なにせあの中身である。
「そそるのよね…」
姉はなにか思い出したのか、目をつぶりうっとりしている。
なにがそそるのか、彼女にはさっぱりわからないけれど。
そもそも、天狗と鬼は、小さい頃からよく一緒に行動しており、大抵の男子がそうであるように、複数人集まると行動の馬鹿さ加減に拍車がかかる。
言い得て妙だが、無意味さが増すのである。
そして、年齢が上がってくると、お決まりのように身近な異性にそれらしいちょっかいを出す。
最初は蛙だった。とかげの時もあった。そして、入れられる場所が後ろ襟から胸元に変わっていった。
「…うわっ」
思い出してしまった。
思わず、自分の着物の中を覗きこむ。
「なに自分の胸に見とれてんの」
姉が嫉妬半分、冗談半分で言うと、彼女も、肩が凝るしなかなか大変なのよと応酬する。
実際、胸のせいで嫌な思いも沢山してきた。
天狗や鬼よりも上で、彼女と同じ年頃かもう少し年上の異性からはもっと虫酸が走る言動を受けたが、泣き寝入りは性に合わず愛用の杖で力の限り応戦した。
まあその結果、美しさに強さが加わり、男性からの視線はもっと増えたわけだが、その頃には、跡取り息子の嫁として、すでに周知されていたというのも、なんとも皮肉である。
「別に、他に気になる男もいないんだったら、良いんじゃないの?」
姉の言葉も、確かに一理あるのかもしれない。
「でもねえ」
そういうことではないのだ。
密かに縁組みの準備がすすめられていたのは、姉にも確認したところ、やはり彼女が15、天狗が13歳の時だ。
何故、久しぶりに会うことになったのかと思っていたが、この顔合わせを兼ねてのことだったらしい。
その時にはほぼ止まっていた彼女の身長に、彼は追い付き追い越していった。
そして、年々増していくよそよそしさは、いつしか分別へと名前を変えて、たまに聞く跡取り息子の男振りを聞き流しながら、彼女は日々を過ごしていたはずだった。
そんな相手と突然結婚しろと言われたり、かと思えば本人からは追い出されるし。
「もう、どうしたらいいっていうの」
ため息をついた。
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