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翌朝。
言われた通り、朝食を食べてから天狗の住まいに来た。
緊張したまま、軒先から中を伺ったが、誰もいない。
寝てるなら一度戻るかと、来た方向に体を向けた瞬間、目の前に壁ができた。
「おー、姉さん早いな!」
見上げると、声と同じくらい能天気な鬼の顔がそこにあった。
なぜこいつもいるのか、とあからさまに嫌な顔をしたが、鬼は彼女の顔を見てほっとした様子で言う。
「あいつ、まだ寝てるみたいなんだよな。起こしてきてくれると助かるんだけどさ」
そう言って屋敷の奥を見る。
朝が弱いとは意外だった。
縁側から上がり込み、廊下を進む。先日まではたまに母親が来ていたようだったが、彼女と組むのが決まってからは、この屋敷には天狗一人しかいない。
一人で住むにはもて余す広さだが、呼ばれていないのに押し掛けるわけにもいかないし、ここに住むのは彼女ではないかも知れないのだ。
そう思い当たった時に、自分でもよくわからないが、納得がいかないような感情が沸き上がった。
「別に、いいけどさ」
あまり良くない口調でひとりごちながら、廊下を進む。
ふと、人の気配を感じた。
奥にある広めの部屋だ。襖がやや開いており、暗闇の中に何かがいるのが見えた。
遠慮がちに襖を開けると、部屋の真ん中に大きな布団の塊がある。
「…おーい」
廊下から声を掛けたが、布団は微動だにしない。
仕方ない、と、灯りの無い部屋に足を踏み入れ、はた、と足を止めた。
これからどうするべきか。
身内以外の異性の部屋に入るのは初めてなのだ
目的は、天狗を起こすというただそれだけだが、実に、寝ている人の起こしかたもわからない。彼女も含め、彼女の家族はみな寝起きが良く、鳥のさえずりでも聞けば、大抵すぐに起きるのである。
「もしもし?朝ですよ?」
2歩ほど離れたところから、遠巻きに声を掛ける。
襖の間から漏れる光が、室内を細く照らす。
布団が少し動いて、顔が見えた。目は瞑ったままで、眩しいのか、やや眉間に皺を寄せているが、そのまま寝息を立てている。
ちょっと手強いんじゃないの。
あなぐらから出てこない手負いの獣を見るように、思案して天狗を見る。こうして見ると、体の大きさも若い熊くらいはありそうだ。
しかし、起きてもらわないとこちらも来た意味がなくなるし、これ以上虚仮にされたくないというよくわからない意地も沸いてきて、感情に任せて布団を剥ぎ取った。
「起きろ!!」
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