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薄く開いた天狗の目が、彼女を捉えた。
勝った、と彼女が謎の優越感に浸ろうとした、次の瞬間。
身動きが取れなくなった。
天狗が彼女に馬乗りになり、組伏せている。
暑いのか、天狗は上半身だけ着物をはだけているため、汗ばんだ体が彼女にのし掛かってきた。
そのままするりと、彼女の首の後ろに、彼は左腕を回した。もう片方の手は、彼女の脇腹から腰をまさぐったあと背中を撫で、彼は両腕で彼女の体を抱き寄せる。
彼女の胸に、彼の筋肉質で厚い胸が重なった。しかし彼女自身の心臓の音だけが、全身に響く。
息が詰まり、言葉が出ない。
押し倒された時に、彼女の着物の襟元がややはだけたらしく、その白い首すじに、天狗の吐息がかかった。
抵抗できなくなり、しばし、そのままの体勢でいた。
呼吸の早さが少し落ち着いたころ、やっとのことで、彼女は自分に覆い被さってる彼の背中を叩く。
「…重い!!」
再び寝息を立ててその巨体を彼女に預けていた天狗は、我に返ったように跳ね起きた。
「え?どうして?」
こちらが聞きたい、と彼女は思ったが、はだけた襟元からのぞく豊かな胸の膨らみを見て、顔を真っ赤にして慌てふためいている天狗の様子に、思わず笑ってしまった。
「起きたか~?」
怪我させるなよー、という呑気な声が、庭先から聞こえてくる。
どうやら天狗は、寝起きの悪さに加え、寝ぼけて攻撃する悪癖があるらしい。
それか、鬼が寝ぼけた天狗にちょっかいを出しているうちに、条件反射で撃退する癖がついてしまったか。
いずれにしろ、意図せず彼女を襲った体になってしまったので、天狗は大きな体を小さくして、ひたすら平謝まりしている。
そんな寝ぼけ癖があるなら先に言いなさないよ、と心の中で鬼に毒づき溜め息を吐くと、ばつが悪そうな顔で見上げた彼と目が合った。
いたずらをして長に怒られときの顔と、変わらないなあ。
そう思ったら、また笑いがこみ上げてきた。
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