2.天狗の嫁とり(中編)

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それから数日、数週間と、天狗の家に彼女は通い、昼間行動をともにした。 そう。あくまで「昼間の」行動である。 要は、朝、家に集合して一緒に出発し、一緒に山を巡回して、解散。たまに、鬼との対局の審判も務めている。 そんな色気のない毎日を、あれからずっと過ごしているのだ。 「もったいねえ!!」 鬼が叫ぶのも、もう何度聞いたかわからない。 「もったいない!!」 彼女の姉も同じことを繰り返し言っている。 しかし、彼がこの距離を保っているかぎり、自分から誘えるわけもないし、そもそも誘うべきなのかわからない。 ただ、居心地の悪さはなくなっていた。 「行くぞ」 促されて、天狗のあと彼女もからついていく。 山の上から、ふもとを眺めると、人間たちが畑仕事をしているのが見えた。延々と続く、平穏な暮らしだ。 「なあ、天狗って、山から降りて何やってんの?」 10年ほど前だったか、かくれんぼの途中で幼い鬼に聞かれたことがある。 同じように幼かった彼女にも答えられなかったが、さすがに跡取りである彼は、5、6歳ながらもすらすらと答えた。 「人々を威嚇(いかく)したり、ちょっと雨とか風を起こしてさ、天狗がいるって教えてるんだよ」 そうすると、人間は天狗に畏怖(いふ)の念を持つから。 天狗の、まるで父親の言葉を丸暗記しているかの言葉に、ふうん、と鬼は相づちを打ったが、納得していないような顔をしていた。 「何で怖がらせるんだよ」 「怖がらせたほうが、言うこと聞くだろ」 子供の会話だが、内容は真剣だ。 「それで言うことを聞かせて、楽しいのか」 よくわからない、というふうに鬼が言う。 「俺は人を怖がられせたつもりはないのに、みんな、俺を怖がるし何も聞こうとしない。鬼だから、怖いから退治するって言うんだ」 天狗は押し黙った。 「でも、脅して遊んでも楽しくない。怖くないってわかれば、ちゃんと一緒に遊べるのに」 単純明快だ。 しかし、一度複雑に絡み合ってしまうと、ほどくのは困難だということも、天狗も彼女も、幼いながら理解していた。 「姉さんは」 天狗の言葉で、急に現実へ引き戻された。 「誰か好きなやつはいなかったの?俺との話を聞く前にさ」 予想だにしないことを突然聞かれたが、天狗の顔は、遠くの山々を向いたままだ。 「…ええと」 しどろもどろになり、結局答えられず黙ってしまった。 あんたは、と聞き返す前に、彼がゆったりとした口調で言った。 「俺はずっと、好きだったんだけどなあ…」 風が吹いた。 誰かが起こしたのか、ふもとにも届いたそれは、人間たちがたった今収穫した農作物をいたずらに巻き上げる。 ただ天狗の羽団扇(はうちわ)のひと(あお)ぎに、眼下(がんか)の人々が翻弄(ほんろう)されているように、彼女もまた、彼の(つぶや)きひとつに何故か気持ちを乱される。 柔和(にゅうわ)な横顔を見つめた。 誰を、と聞くことはできなかったし、天狗も黙ったままだったので、結局話は立ち消えたまま、二人は帰路(きろ)についた。
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