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2.天狗の嫁とり(後編)
「あいつの好きなひと?姉さんに決まってんじゃん」
何をいまさら、と鬼は呆れた顔をしている。
聞いた本人である彼女が聞き流したくらい、あっさり言われてしまった。
鬼の家を訪ねる際、やはり礼儀としては手土産があったほうがいいんじゃないか、と彼女が持ってきた菓子を、ひとつ、でかい口に放り込む。
彼女と鬼は、囲炉裏を挟んで向かい合わせに座っているが、鬼のがっしりした体に、見たことのない女性がもたれかかっている。
明らかに人ではないような、色気のある容姿だ。
実は、鬼はかなりもてる。
彼女の姉も、天狗より鬼のほうが好みだと言っていたが、実際、人の形態をしている天狗のようなもの、人に擬態する獣や山の精など、色々な女性の性質を持つものたちが寄ってくるらしい。
だが、彼女は、二度同じ相手に会ったことはない。
「とっかえひっかえ、よくやるわね」
皮肉っぽく言ってやったが、鬼には言葉の機微は通じない。
「俺に言うなよ。皆、しばらくすると自分の家に帰っちゃうんだ」
あ、と思ったが、鬼はそのまま菓子を食べ続けた。
傍らの女性はというと、彼女に敵意を含んだ眼差を向けている。
しかしまあ、よく毎回毎回、男好きのする女を見つけるものだと思う。女性が鬼の腕に胸を押し付けると、鬼は肩を抱いた。
片手に菓子を持ったままではあるが、手慣れた様子は実際より年上に見えるし、時折見せる艶っぽい表情からしても、鬼の実際の年齢はもう少し上なのかもしれなかった。
それにしても、目のやり場に困る。
「それよりさ、いい加減にあいつの気持ちわかってやってよ。随分長いこと我慢してるんだしさ」
天狗の話に戻ったらしい。
「わかれって言われても、わかんないわよ」
何も言われず、あんな態度を取られて自分はどうすればいいと言うのか。
「まだるっこしいな」
鬼は眉間に皺を寄せている。元来が裏表のない性格なので、探りあうような言動は苦手だ。
「姉さんもいっそ、あいつの前で裸にでもなれば?そうすればあの堅物も観念するんじゃねえの?」
さも、いいことを思い付いたとでもいうように鬼は言ったが、年頃の娘に言う言葉ではない。最初は羞恥で、次に怒りで彼女の顔は赤くなった。
「全く、意地張ってて逃げられちゃあ、元も子もないのになあ…」
鬼の頬めがけて彼女の平手が飛び、言葉はそこで途切れた。
咄嗟によけた鬼は、体勢を立て直しながら彼女の顔を見つめる。
気の強い姉さんの目に、うっすら涙が浮かんでいた。
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