2.天狗の嫁とり(後編)

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あくる朝、珍しく気まずそうな顔をした鬼の姿があった。 天狗の屋敷に、彼女は来ていない。 こちらも珍しく自力で早起きした天狗は、寝起きの悪さと相まってかなり不機嫌な様子だが、一向にそれを隠そうとしない。 来ないことを(とが)めるつもりは勿論なく、ただただ心配なのだ。 そして、目の前の鬼にこれでもかというくらい(あつ)をかけている。 「何があった」 どすの聞いた声だ。付き合いの長い鬼でも、こんな声は聞いたことがなかった。 「いや…昨日姉さんがうちに来たからさ、ちょっと言っただけなんだけど」 「何を」 いらいらしているのが、あからさまに伝わる。 「だからさ、お前が姉さんのことを好きで、ずっと我慢してるんだから、姉さんももう少し考えてやってくれって…」 ばつが悪そうに、鬼がそこで言葉を切ったが、天狗も無言で、頭を抱えてその場に座り込む。 「…怒ったか?」 「…怒るよ」 ため息を吐いた。 「どうせ、姉さんが裸で誘えば話が早いとかなんとか言ったんだろ」 「よくわかったな」 さすが、と感嘆(かんたん)したような鬼の言葉に、天狗は、怒りを通り越して脱力した。 「お前の性格は十分わかっていたけど…俺の苦労を無駄にするなよ。しかも、何だよなあ、お前が言うと、なんか語弊(ごへい)がなあ、誤解がなあ、とにかく確実に間違って伝わってると思うんだよなあ…」 やるせない気持ちからか、段々と早口になる。 「だからさ、なに意地はってんだよ。姉さんが相手ならお前だって願ったり叶ったりだろ?」 全くお前たちって面倒だな!と、いつにも増して明るく、(はた)から見れば何も考えていないような口調で鬼が言ったとき、人影が見えた。 「おはよう」 やり取りが落ち着くのを待っていたかのように、庭木(にわき)の陰から彼女が姿を現す。 天狗と目があったが、気まずくなりすぐ()らした。 「…姉さん」 意を決したように、天狗は彼女に声を掛けた。 「こいつがどんな話をしたかはわからないけど、俺は、今回の嫁取りに関しては色々と考えが…」 うーん、その、えーと。 腕組みしながら慎重に言葉を選んでいる。 「むしろ、その…」 歯切れが悪い。言おうか言うまいか、この期ごに及んで逡巡(しゅんじゅん)しているようで、話が進まない。 「いいわ、もう」 ()し殺したような声を聞いて、泣いているのかと鬼と天狗が心配そうに様子を伺うが、違ったようだ。 「どいつもこいつも、頭の中は女の体のことしかないわけ?」 いつもの迫力ある姉さんの声がした。豊満な胸の前で腕組みをしている。 「胸だけで嫁を選ぶなんて女をなめてんじゃないわ。こっちだって、好きでこんな肩がこるもの付けてんじゃないし、むしろ、いらないくらいよ!」 仁王立ちのまま一気に言った彼女を、男二人は、唖然(あぜん)としながらも見つめている。 お前さあ…と、天狗は鬼を恨めしそうに見た。 「やっぱり、誤解が…」 「そうだよな、胸だけじゃなくて姉さんは太腿(ふともも)もそそるぞ」 飛んできた姉さんの(こぶし)をかわしながら、鬼が二人を交互に見る。 「だからさっさと言えば良いんだよ」 言わなきゃ伝わんないだろ、と、鬼は彼女の両肩を(つか)み、天狗に向き直らせた。
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