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あくる朝、珍しく気まずそうな顔をした鬼の姿があった。
天狗の屋敷に、彼女は来ていない。
こちらも珍しく自力で早起きした天狗は、寝起きの悪さと相まってかなり不機嫌な様子だが、一向にそれを隠そうとしない。
来ないことを咎めるつもりは勿論なく、ただただ心配なのだ。
そして、目の前の鬼にこれでもかというくらい圧をかけている。
「何があった」
どすの聞いた声だ。付き合いの長い鬼でも、こんな声は聞いたことがなかった。
「いや…昨日姉さんがうちに来たからさ、ちょっと言っただけなんだけど」
「何を」
いらいらしているのが、あからさまに伝わる。
「だからさ、お前が姉さんのことを好きで、ずっと我慢してるんだから、姉さんももう少し考えてやってくれって…」
ばつが悪そうに、鬼がそこで言葉を切ったが、天狗も無言で、頭を抱えてその場に座り込む。
「…怒ったか?」
「…怒るよ」
ため息を吐いた。
「どうせ、姉さんが裸で誘えば話が早いとかなんとか言ったんだろ」
「よくわかったな」
さすが、と感嘆したような鬼の言葉に、天狗は、怒りを通り越して脱力した。
「お前の性格は十分わかっていたけど…俺の苦労を無駄にするなよ。しかも、何だよなあ、お前が言うと、なんか語弊がなあ、誤解がなあ、とにかく確実に間違って伝わってると思うんだよなあ…」
やるせない気持ちからか、段々と早口になる。
「だからさ、なに意地はってんだよ。姉さんが相手ならお前だって願ったり叶ったりだろ?」
全くお前たちって面倒だな!と、いつにも増して明るく、端から見れば何も考えていないような口調で鬼が言ったとき、人影が見えた。
「おはよう」
やり取りが落ち着くのを待っていたかのように、庭木の陰から彼女が姿を現す。
天狗と目があったが、気まずくなりすぐ逸らした。
「…姉さん」
意を決したように、天狗は彼女に声を掛けた。
「こいつがどんな話をしたかはわからないけど、俺は、今回の嫁取りに関しては色々と考えが…」
うーん、その、えーと。
腕組みしながら慎重に言葉を選んでいる。
「むしろ、その…」
歯切れが悪い。言おうか言うまいか、この期ごに及んで逡巡しているようで、話が進まない。
「いいわ、もう」
圧し殺したような声を聞いて、泣いているのかと鬼と天狗が心配そうに様子を伺うが、違ったようだ。
「どいつもこいつも、頭の中は女の体のことしかないわけ?」
いつもの迫力ある姉さんの声がした。豊満な胸の前で腕組みをしている。
「胸だけで嫁を選ぶなんて女をなめてんじゃないわ。こっちだって、好きでこんな肩がこるもの付けてんじゃないし、むしろ、いらないくらいよ!」
仁王立ちのまま一気に言った彼女を、男二人は、唖然としながらも見つめている。
お前さあ…と、天狗は鬼を恨めしそうに見た。
「やっぱり、誤解が…」
「そうだよな、胸だけじゃなくて姉さんは太腿もそそるぞ」
飛んできた姉さんの拳をかわしながら、鬼が二人を交互に見る。
「だからさっさと言えば良いんだよ」
言わなきゃ伝わんないだろ、と、鬼は彼女の両肩を掴み、天狗に向き直らせた。
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