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「お前、なにを」
慌てたように、天狗が叫んだ。
「言っておくけどな、俺だって昔から姉さんが好きだったんだよ。だけど、お前が本気だから、遠慮したんだからな」
まるで子供が、好きな玩具を取り合っているような調子だが、彼女はというと、真正面の天狗を見ながら、鬼の言葉を冷静に反芻してみた。
「昔から?」
昔とはいつだろう。
「昔からだよ。こいつ」と、天狗を指す。
「いつも姉さんの着物に蛙を入れてただろ。えーと、7つとかそのへん…長に怒られてそのうちやらなくなったけどさ」
あれは天狗主導のいたずらだったらしい。てっきりあんたが始めたいたずらかと思ったわ、と鬼に言うと、俺は止めてたんだ、と不機嫌に返された。
「私のことが好きで、なんで蛙をいれるわけ?」
「気になる女子には、いたずらしたくなるらしいから、それじゃねえ?」
俺にはわからないけどさ、と、鬼が言う。
驚いた。確かに自分だけ標的にされていたが、いたずらをされた女子が相手を好きになるかは別の話である。
しかし、そんなに長い間想われていたと聞かされ、こちらもくすぐったい気持ちだ。
「一体私のどこが好きだったの?」
逆に興味がでてきて聞いてみたが、天狗の返事は要領を得ない。
「どこがって…」
「体じゃなきゃなんなのよ」
俺だって知りたい、と、やや強い口調で彼が言う。
「気づいたら好きだったんだからわからないんだよ」
これは、参る。鬼はというと、ずっとにやにやしている。
「じゃあ」
動揺をおさえて、ここ最近で一番気になっていたことを聞いてみた。
「なんで私のことを断ったの」
天狗はため息をついた。もういいだろう、と目で訴えられたが、ここは聞いておかないと、と半ば脅すような目で彼を見返す。
「これで了解したら、俺は姉さんの体だけが目当てで嫁にするみたいだろ」
ぽつりと呟いた。
「母さんは、俺が胸が大きい女が好きなんだと思い込んでたからさ…」
豊満な肉体が大好きな鬼と、しょっちゅうそんな話をしていたのを、断片的に聞かれていたらしい。
好みだろうと言われたら否定はしないが、誰彼構わないわけではない。
しかも、姉さんに関しては、好きな女が好みの体になっていただけで、逆なんだけど…と思いながらも、結果的には嫁候補として悪い虫がつかない状況にはなっていたのだ。
「姉さんは、俺のことは、なんとも思っていないのもわかってたから」
彼女は、黙って聞いている。確かに、弟もしくは初恋である長の息子としか見ていなかった。
「だから、姉さんが俺を男として見てくれるまで、自力で頑張ろうと思ってたんだ。いま、長の息子の権限だけで姉さんをものにするのは、違うんだよ」
鬼が、笑顔で言葉をひきつぐ。
「ずっと好きだったから、そこは譲れないんだってさ」
真面目だからさあ、と鬼が言う。
彼女の姉が、決まった相手がいないならまとまってしまえばいい、と言ったとき、彼女も似たようなことを考えていた。
嫌いな相手じゃないし、他の男に比べたらはるかに好条件だけど、お互いの気持ちは置き去りにならないのか、と。
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