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「でも、何も言われてないのにそんなに待ってられないわよ」
確かにそうだ。
やり取りを聞いているいる鬼も、しびれをきらしたようだ。彼女の肩を抱いたままの手に、やや力をこめた。
「四の五の言わずに、くっついちまえよ。お前がはっきりしないなら、本当に姉さんは俺がもらうぞ」
そう言うと、いたずら小僧のような顔をして、女慣れした太い腕を彼女の体に回す。彼女の豊満な体は、鬼のたくましい体に抱き寄せられた。
抵抗する間もない。先日、寝ぼけた天狗に体を預けられたのとはまた違い、苦しくないように優しく抱きすくめられる。彼女の体温と弾力が鬼の体に伝わり、鬼は彼女の首筋からうなじにかけて顔をうずめる。
うわー、と鬼がやや興奮気味に言う。
「気持ちいい…」
今までで一番かも…と、周囲にはわからないことを言いながらにやけている。
「ちょっと…離して」
彼女も、さすがに恥ずかしくなって、やっとのことで押し退けた。
鬼と彼女の体が離れたその時、下駄の1枚歯が、彼女の視界の隅をかすめていく。
天狗の渾身の蹴りが見事に決まり、脇腹に衝撃を受けて飛ばされた鬼は、庭木に勢いよくぶつかって落ちた。
天狗は、あ、とか、しまった、と、ごく小さい声を出したあと、彼女の視線を感じて不自然な咳払いをした。
「あばら3本くらいなら、すぐくっつくだろ」
並みの男ならかなりの大怪我だろうが、天狗は鬼の体なら大したことはないとわかっているのか、それとも嫉妬した自分を見られたのが恥ずかしかったのか、ぶっきらぼうに言い切る。
彼女が彼を見つめていると、気まずいような照れたような顔をして見返してきた。
「…俺以外の男に、姉さんの体を触らせたくないんだよ」
やっぱりそこか?体なのか?
しかし、今度こそは照れ隠しだろう。初めて、彼女のほうから彼の体を抱きしめた。
「…うわっ…」
結局、どんな男子でも、こういうときは間抜けな声しか出せないらしい。
「…なるほど」
そのままじっと、動かない。
「確かに気持ちいい…」
照れたような声で、彼はしみじみと言う。そしてそのまま、自分の腕も彼女の背中に優しく回す。
「もう、蛙は入れないでよね」
冗談めかして彼女が言う。
返事をする代わりに、彼は、彼女の白い首筋に優しく口づけをした。
天狗の嫁とり・了
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