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3.大天狗の羽団扇(前編)
「最近、狐たちが騒がしい」
近隣の山々を巡り、戻ってきた烏天狗が渋面を作っている。
あまり嬉しくない報告を聞き、無言で山を見やるのは、大きな白い羽を持つ大天狗である。
やや骨ばった厳つい顔に、長い白髪を一つ結びにしており、見た目は20代後半から30代といったところだが、若年者には無い威厳を保っている。
大天狗は、その鋭い目を細め、溜め息をつく。
「狐が原因か、人間か」
「鬼です」
鬼か。
大天狗は、記憶をたどる。鬼の姿形は一概には言えず、様々だ。
7尺を超える赤銅色の体躯に牛の角を備えたもの。また、子供の体に魚のような剥かれた目でこちらを見るもの。
大抵は人語を理解し、自分が生きるために人や獣を捕らえ、喰くらう。
「このたびの鬼は」
烏天狗は、狐から見聞きしたことを反芻し、自分にも言い聞かせるようにゆっくりと話す。
「喰らわず、ただひたすらに狐を殺しています」
最初、全身を握りつぶされたかのような子狐の死骸が、狐の巣穴近くでぽつりぽつりと見つかったそうだ。
そのうち、親狐すら被害にあっているとの噂が流れてきた。
稀に、ただ快楽のためだけに殺戮を繰り返すものもいるが、そういうものは、人のような喜怒哀楽が分かりやすい生き物を狙う。
狐のような小動物をやたらに殺めるとは、何か彼らとの間に確執でも生じたか。
「それが妙なことに。狐たちはそれほど躍起になって鬼を探しているわけではありません」
「なぜだ?」
狐のような群れる一族は、同胞の危機には一丸となり立ち向かうのが常と思っていた。特に、複数の尾を持つような老狐は、その力で歯向かうものに制裁を加え、力を誇示してきた。
しかし、狐たち自身がこの事態を静観しているという。
「いずれにしても、山を荒らされるのは私たちにとっても好ましくないので」
烏天狗の言葉に、大天狗も頷く。
「探すか。鬼を探し出し、狐殺しを止めさせる」
狐たちにこれ以上被害が拡大し、天狗たちとの均衡が崩れるのは好ましくない。
烏天狗も同意し、自分らの長に指示を仰ぐ。
「探しだしたあとは、どうしましょう」
大天狗は、ふと考えた。
このたびの騒動の原因である鬼を見つけ出した場合、狐に突き出しそちらに裁きを任せるのが自然の流れだ。
しかし、気まぐれな考えが大天狗の中に沸いた。
「話を、聞いてみようか。鬼と直接話をしてみたい」
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