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「で?結局、狐たちの森まで行ったわけか」
天狗は、切り株に設置された盤面から目を離さないまま、抑揚なく呟いた。
「珍しいな、お前が他のやつらに関わるなんて」
短髪は白いが、面持ちは青年だ。
修験者の装束を着こんだ体躯は、鬼と同じくらいか、やや肩幅が大きいくらいに見えるが、それは背中から悠然と伸びている白い羽のせいかもしれない。
気のせいか、やや面映ゆいように鬼が答える。
「だってなあ、狐のやつ、寝ちゃっててさ」
起こすのも可哀想だろ?と続けながら、鬼は次の一手を指す。こちらも視線は盤面から動かない。
「なんだ。遅れたことをそんなに怒ってるのか」
「いや、俺は別にいいんだけど」
天狗は顔を上げ、首をくるりと背後に向けた。
「あいつが時間にうるさいからな」
言ったとたんに、ひゅっ、と、小屋の格子窓から何かが飛んできた。木の幹に当たって落ちたのを見れば、杓子である。
天狗の家は、鬼の住まいに比べると格段に立派な造りで、屋敷に近い。中で誰かが動いているのが、障子にうつる影から見てとれる。
話の流れからすると、中にいるのは天狗の彼女、兼、お守りである烏天狗だろう。
「ごめんなさいね。手が滑ったみたい」
威圧感のある女性の声が聞こえた。
地面に落ちた杓子を意にも介さず、天狗は盤上に次の手を打ちながら話を続ける。
「まあ、お前が遅れた理由が狐のことだってわかって、俺たちも安心だ。俺たちは狐とは持ちつ持たれつだから」
天狗はそこまで言うと体をひねり、やっぱり末のお姫さんだったみたいだよ、と小屋の人物に話しかけた。
「えっ、じゃあ見つかったの、良かった」
安堵の声をあげながら慌ただしく出てきたのが、杓子の持ち主だ。
腰までの黒髪と、着物の上からでもわかる豊かな肉体を久しぶりに見て、鬼の食指が動いたが、一度友情にひびが入りかけた上に、本当に肋骨にひびが入ったので、以後は自重している。
今日も、飛んできたのが杖ではなくて良かった、と呟きながら、拾った杓子を烏天狗に手渡した。
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