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1.狐の嫁入り(中編)
遠くで鈴の音がする。
鬼は、やや緊張してあたりを見回した。赤い鳥居の陰から見える満開の紫陽花が、この季節には珍しく雨に濡れていない。
「落ち着け…と言っても無理かな」
天狗はくくっと笑った。
「うるせえ」
鬼が、地面に落ちた自分の影を意味なく踏む。
普段と変わらぬ着物と袴姿だが、着崩さないよう烏天狗に念を押されているので、立っているだけで窮屈だ。
「降ってきたな」
天狗が言うと同時に、鬼も顔に水滴を感じて空を見上げた。
日の光が眩しい。
「狐の嫁入りだ」
また、鈴が鳴った。木々に反響する音の主は、規則的に、ゆっくりと、しかし確実に鬼たちに近づいてくる。
鬼が、息を呑む。
視界の先に、花嫁がいた。
白無垢に身を包んだ狐の末姫が、提灯を携えた狐面のお供たちとともに、こちらに歩いてくる。
傘を差すお供もいるが、雨避けではないようだ。そもそも彼らは全く濡れていない。
鬼たちの前で立ち止まった彼らは、無言で会釈をし、彼らに、鳥居をくぐるよう促した。
朱塗の柱の間を抜けた烏天狗が、わあ、と声を上げ、天狗も、ほう、と感嘆した。
先ほどまで、鳥居の向こうにはうっそうとした林しか見えなかったはずが、いま鬼たちの眼前に、屋敷が堂々と建っている。
「鬼殿も、中へ」
提灯を持つ狐面たちが、棒立ちの鬼を追い越して行く。
一行に埋もれていた小柄な姿も、ゆっくりと鳥居をくぐってきた。
角隠しの間から、姫の小さな唇が見えた。
「…角隠しじゃなくて、耳隠しだな」
自らも緊張をほぐそうと、鬼がわざとくだけた調子で笑いかけると、やはり緊張で固く結ばれていた姫の口元がふと、ほころんだ。
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