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2.天狗の嫁とり(中編)
夕日を背にして、大柄な青年が立っている。
「というわけで」
天狗の口調は相変わらず淡々としており、むしろ遠巻きに見ている鬼のほうがそわそわしている。
夕方、屋敷の庭先に来るよう、彼女に言っておいたからね~と、母親に言われたのはつい今朝方だ。
午睡のあと、また暇をもて余した鬼が来て、将棋をさしながら一通り話をしたところで彼女が来た。
「…よろしくお願いします」
彼女は天狗を見上げて言った。
思った以上に体格が良い。
小さい頃は、2歳も違うと手のひらを広げた分くらいは身長差があり、もちろん彼女のほうが大きかったが、今は逆に大人の手のひらほど、彼のほうが背が高い。
そういえばここ3年くらいは、近くでまじまじと見ることなど無かったように思う。
背も高いが、胸板も厚く、腕組みをして泰然とした姿は、16歳とは思えない落ち着きがある。
母親に似て穏やかな顔つきだが、それゆえに長にあまり似ていないのが残念に思えた。
「じゃあさ」
天狗は、今自分が立っている足元を指さした。
「明日から毎朝、朝食食べたらここ集合ね。よろしく」
え?
彼女は、何を言われているかわからなかった。
あれ?ここに暮らすんじゃないの?
寝食、その他色々と。とにかく生活を共にしてから、その先を決めていけば、と、あんたの両親に言われたんですけど?
天狗は、彼女が困惑しているのがわかった上で、事務的に話を続ける。
「自分のことは自分でやるし、飯も作れる。まあ面倒なときは作らないけど1食抜いたくらいでなんてこともないから、気にしないで」
帰っていいよ、と天狗に言われて、慌てたのは彼女ではなく鬼だった。
「え?なんだよ?今日からここに一緒に住むんじゃねえの?だってさ、せっかくのお相手で、しかも」
あからさまに、視線を彼女の胸元に注いで力説する。
「こんなだぞ!」
鬼のみぞおちに、彼女の下駄が素晴らしい勢いで吸いこまれた。
天狗とほぼ同じくらい体格がいい鬼でも、斜め下の死角から見事な蹴りを繰り出されては防ぎようがなく、蛙がつぶれたような声を出してその場にうずくまった。
「…もう少し下だったら危なかったなー」
「…うるせえ…」
憐れむような天狗の声が頭上から聞こえた、鬼は見上げる力もなく呟く。
そして、鬼の不躾な言動を窘めるでもなく、天狗も芝居がかったしかめ面をして言う。
「そうなんだよなー、父さんはともかく、母さんはなかなか侮れないんだよな。だって」
天狗は、彼女に向き直る。
「ここ数年は、誰かに言い寄られたことは無いでしょ?」
急に話が変わったが、あまりに自然に聞かれたため、彼女も、うん、確かにここのところは無いわ、気楽でよかったけど、と素直に頷いていた。
「2,3年前から、他の男が寄り付かないようにって、外堀埋めてたみたいなんだよね」
天狗が、彼女の頭から爪先まで、さっと視線を走らせ、うーんと唸なる。
「でもなー。やっぱりなあ」
何が「でも」で、何が「やっぱり」なのかわからない。
しかし、一つだけはっきりしているのは、現時点で、自分は嫁候補から外されたということだ。
「まあそんなだから」
どんなだ、と彼女は声に出さずに突っ込む。
「明日から、昼間だけ俺と一緒に過ごすってことでよろしく、姉さん」
姉さん。
そう言われたのは、久しぶりだ。
「…見下ろしながらそう呼ばないでくれる」
3年前、彼女が15、天狗が13の頃、すでに身長が同じくらいになっていた。
姉さんと呼ばれ、同じ目線で話していたのに距離を感じたことを、なぜか今思い出していた。
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