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道路には白い線で絵がかいてある。近所の子がかいたのかな?
下を向いて、それを見ながら歩いていたら、地面に黒いシミがぽつんとできた。
もしかして、雨?
うわー、ほんとうに降ってきたんだ。
朝はすっごくいいお天気で、雨なんてぜったい降らないよーって思ってたけど、ほんとうに降ってきちゃった。
傘をもってきてて、よかった。
しつこいくらいにいってたおかあさんに「ありがとう」っていわなくちゃ。今日のお手伝いポイントは、スタンプなしでもいいよっていっておこう。
あー、でも、あとちょっとでカードがいっぱいになるんだよね。ぜんぶにスタンプおしたら100円になるんだ。もったいないかも。
赤いチェックの傘は、今日はじめて使う。このまえ買ってもらったばっかりで、じつは雨の日をたのしみにしてた。
ちょっとだけワクワクしながら、傘をひろげる。
外から見るとチェックだけど、中にはハートマークが入ってて、見あげるとすっごくかわいいんだよね。
へへへ。
くるくるとまわすと、雨の粒がまわりに飛んでいく。
公園で見た、スプリンクラーみたいなかんじで、おもしろい。
くるくる、ふわふわ。
ハートも傘の中を飛んでいく。
たのしくなってぐるぐるやってたら、雑貨屋さんのまえにだれかが立っているのが見えた。
あれは、仲村ちはるちゃんだ。
どうしよう。
ちはるちゃんは、となりの組にきた転校生。
都会の小学校からきて、着てる服もオシャレでかわいくって、ついでに顔もかわいい。わたしみたいな子とはぜんぜんちがってて、ちょっと話しかけにくいかんじがする女の子。
みんなもそう思ってるのか、いつもひとりで本を読んでる。となりの組だから、よく知らないんだけどさ。
ゆっくりゆっくり歩いて、ついにお店のまえ。かわいいエンピツとかノートとかを売ってて、このあたりの女の子にはチョー人気のお店だけど、今日はおやすみらしい。
いつもはお店の中が見える窓にカーテンがかかってて、なんだか別のお店みたい。
ちはるちゃんが、こっちを見た。
うう、どうしよう。ぜんぜん話したことないし、でも、だまって先に行っちゃうの、よくないよね。人には親切にしなさいっておとうさんがよくいってるし、「一日いちぜん」っていって、一日のうちにひとつ「いいこと」をしましょうって、学校でもいわれてる。
よし。
ドキドキしながら、わたしは声をかけた。
「仲村さん、傘、忘れちゃったの?」
「うん、降るとは思ってなくて」
「えっと、いっしょにはいる?」
「いいの?」
「仲村さんのうち、どのへん?」
ちはるちゃんがいったのは、通り道だった。
それなら、わたしもぬれないし、だいじょうぶ。「いっせきにちょう」ってやつだ。
いっしょの傘にはいって歩く。
でも、なにを話せばいいかわからなくて、だまったまんまになっちゃって、うう、どうしようかなぁ。
となりのちはるちゃんを見たら、手さげカバンにマスコットがついていた。
それは、ちっちゃいころによく見てたアニメのキャラクター。その中でもどっちかといえば人気がないキャラクターで、これが好きだっていうと、幼稚園でもヘンな顔されたことをおぼえてる。かわいいのに。
でも、いいこともあってもね、人気がなかったからこそ、グッズも売れずにあまってて、いつでも買えたんだよ。
わたしがそれを見ているのに気づいたのか、ちはるちゃんがそれをかくした。
「仲村さんも、ミミゾー好きなの?」
「知ってるの?」
「わたしも好きなんだ。かわいいよね」
「うん、かわいいよね」
「ミミゾー好きっていうと、みんなヘンな顔するの。おかしくない?」
「そうなの。なんでかな?」
それからわたしたちは、ミミゾーのかわいさについて、ぞんぶんに話しあった。
ピンクと茶色のブチもよう、左右でちがう耳の長さ、色ちがいの目、包帯をした手の秘密について――
「それでね、実はしっぽにも秘密があるんだよ」
「えー、なにそれ、知らないよ?」
「アニメの本にのってたんだ」
「そんなのがあるの?」
さすが、都会の子はジョーホーリョウがちがう。
すっかりソンケーのまなざしだ。
ちはるちゃんこそが、ミミゾー博士だよ。
「えっと、もしよかったら、読む?」
「ええー、いいのー?」
「うん、根本さんさえよかったら」
そのあたりでちょうど、ちはるちゃんの家についてしまった。ざんねん、時間ぎれ。
おっきくて広い、なんか外国風のおうちだ。レンガの階段をあがったトコに、お花がいっぱい咲いたプランターが並んでる。
うわー、すごい。おかあさんが見たら、めちゃくちゃよろこびそう。
ほえー。
「ちはる、大丈夫だったの?」
家の前に立っていたら、ドアがあいてだれかが出てきた。たぶん、ちはるちゃんのおかあさん。
「うん、あのね、傘にいれてくれたの」
「あらあら、そうなの。えーと、ちはるのおともだち?」
「……えっと」
「はい、あの、となりの組の、根本あすかです。はじめまして」
「はじめまして、ちはるの母です。送ってくれて、どうもありがとう。遠回りになってない?」
「だいじょうぶです、ここ、通り道だから」
ちはるちゃんのおかあさんは、一度家にひっこむと、小さな袋とタオルを持ってあらわれて、わたしにくれた。
傘からはみだしたところがぬれていたから、だと思う。
顔もちょっとだけ拭いたら、いいにおいがした。ふむ、都会のかおりだ。もしくは、お金持ちのにおい?
袋の方には、おかしが入っているらしい。
「あの、でも」
「昨日焼いたクッキーなの。たくさんあるから、もらってくれる?」
「はい、ありがとうございます」
わお! さすが、おかあさんも都会の人だよ!
門のまえで、バイバイした。
離れてから、こっそりと袋をあけると、クッキーのおいしそうなにおいがした。
これが、一日いちぜんのコーカってやつかなぁ。
都会の子だからエンリョしてたけど、話してみると、ぜんぜんふつうだったし。
いいことがたくさんあって、なんだか胸がふわふわする。
わたしは傘をくるくるまわす。
雨がぴちょんと跳ねて、水たまりに輪っかをつくる。
頭の上で、ハートもふわふわ浮いている。
あしたは学校で、おはようってあいさつしてみよう。
そして、こんどはちゃんと「ちはるちゃん」って呼ぶんだ。
わたしの持ってる、とっておきのミミゾーコレクションも見せてあげよう。
あつめてたシールも、ちはるちゃんになら一枚あげてもいいかなぁ。
へへへ。
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