もうひとつの家族

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それから面会の度に、映画音楽を弾いてくれたという。 森「その風邪薬以降は、しばらくピアノで変化はあったんですけど、それからそんなに間もなく、涼太の声が聞けました」 それは単純な挨拶で、いつもの如く。 森「“こんばんは、涼太君。森岡です”に、“こんばんは”と、扉越しに」 その時はピアノを弾いておらず、おそらく扉越しにいたんじゃないかと、森岡氏。 森「今考えても嬉しかったですよ。そんなに大きな声でもなかったですが、向き合ってもらえた気がします」 諦めるという選択肢はなかったが、諦めずに会いにきて良かったと思えたそうです。 森「止めるのは簡単なんです、でもそれではまた元通りになってしまう」 その日はひとつ、お願いをしたそうです。 森「私はジャズというものを知らないから、ぜひ聴かせてほしい、と」 すると。 何やら部屋から話し声が聞こえたそうです。 森「涼太は多分、“弾いてもいいかどうか”、“誰かさん”にお伺いを立ててたように思いますが、それから少しして、ジャズを聴かせてくれました」 やはり音楽はわからないけども…と前置きした森岡氏。 森「音が生き生きしていて、上手で、誰かに聴かせる喜びや、聴いてもらう喜びを知っている感じがして、そのまま涼太に伝えたんです」 拍手とともに、と。 そこからは、逆に涼太からいろいろと聞かれたそうです。 森「どうして知らない曲やのに聴きたいのか、とか、何かいろいろ聞かれましたけど、私はその時思ったことを答えてたんです」 その時、どうにもこうにも“揺らぎ”というものを、一瞬感じた森岡氏。 森「それは多分、私だけでなく、涼太も感じたんやと思います」 だから涼太は、「もう来ないでほしい」と言うた、と言いました。
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