オオカミでも羊でもない男

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 環に使い古しの寝巻き用のTシャツを渡し、宙は手早くシャワーを浴びて、できるだけすぐに戻った。失恋した男が一人になると何をしでかすかわからないからだ。ちなみに過去、彼の友人はベランダを開けて夜中だと言うのに熱唱し始めたことがある。ましてダメージが大きそうな環など、何をするか全然予想がつかなかったのである。下手すると、ベランダから飛び降りてしまいそうな勢いと弱ささえ感じた(失恋した奴は皆ベランダに集まりやすいのか?)。  ところが、そんな宙の予想に反して、環は丸まったまま、床に伏していた。それからくてっと眠りこけていた。いくら夏だからって、床で眠ることがあろうか。 「…………あさくらくん」  宙は面白すぎてその姿を写真で撮ってから、座布団やクッションを敷いて、そこに環の体を横たえさせた。宙の体とは違って、細くてしなやかな四肢を持った男だった。悪く言えば、もやしっ子とか言う奴である。  眠りこけている姿を見て、女だったら何かが起きてしまうのかもしれないと、思ったりもする。しかしこれは男である。  なぜ顔見知り程度のこの男に、ここまでしたのだろうか。自分に疑問を持つ。しかしそこにそれほど深い理由はなく、ただあの白い首筋に中(あ)てられただけなのである。それと、この生き方も考え方も全く違う在り方に、単純に興味を示した。ただそれだけのこと。  宙は機嫌よく歯を磨いて、環の寝顔をちらりと見てから、眠りについた。  彼を見て思い出した、あの羊とオオカミの話を、すっと頭の中にしまい込んでしまった。  この真っ暗な部屋の中にいるのは、はたして同種の生き物であっただろうか。それとも、捕食者と被食者の両種であったろうか。  夜が明けた時、後者だとわかれば、捕食者は被食者を食らうのか。
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