食えない男と食われた男

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 ふと顔を上げると、教室の扉付近に、いたのだ。自分とは全くタイプの違う人間で、今は楽しそうに笑みを浮かべながら、人生を謳歌しているあの、宙というクラスメイトが。そいつと、しっかり目が合う。しかし環はすぐに目をそらし、何でもない風を装ってすぐ書面に目を戻した。他の誰かが、この視線のやり取りを目撃していたらと思うと、気が気ではなかった。おかしな話だ。誰も見ているはずが無いし、そもそも見られたとして、そこには何の秘密もない。だのになぜこんなにも後ろめたい気持ちになるのだろうか。  宙は後ろの席に座ろうと、道すがら環の横を通り過ぎた。そのとき何も声をかけられなかった。恐らく見てすらいなかった。しかし、宙の指先がちょんと、環の肩に触れたのだ。  その瞬間ぞわっとする。人の体が触れると、鳥肌が立つらしい。ああそうだ、宙には、ああいう気障(きざ)ったらしい部分があったのだ。 『今日飯行こ』  また、メッセージが飛んできた。しかも講義中だ。後ろに座っておしゃべり大会をするような奴は、そういう決まりが頭から抜け落ちているのではないかと疑ってしまう。まあそういう自分も、少し暇でケータイをいじってはいたが。  特に断る理由もないので二つ返事を送る。宙とは、あれから何度か飯に行くようになった。学校内で話すことはないが、あの夜交換した連絡先から、明日暇かとか、ここに行こうとか、不定期でもコンスタントに来るのだ。こういう男がモテるのだなあと感心したのは秘密である。  そして、環は迷いながらもほいほい付いて行く。そこでは二人きりで、互いの友達を交えることはない。話す内容も他愛のないことで、環はやりやすかった。  ケータイを仕舞って、講義の内容を聞き流しつつ課題に勤しむ。何故だか、後ろから聞こえてくる声達の中で、それほど大きくもないはずの宙の声が、よく聞こえた。  しかしその声に、あの不快感は襲ってこなかったのだ。
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