オオカミでも羊でもない男

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オオカミでも羊でもない男

 彼は、友達が来るまで大学の図書館で暇をつぶしていたことがある。そのときはたしか、鼻先がツンとするような冬の日で、暖房目当てで駆け込んだと思われる。なぜなら、普段本を読まない自分がわざわざ図書館に行く理由なんて、それしかない。DVDを借りて見たり、インターネットでも閲覧して時間を潰そうかと思ったが、気分じゃなかった。  しかし、本を読みなれていない自分が活字ぎっしりの分厚いガクジュツショなんて読めるはずがないのだ。そこで、何気なく立ち寄った絵本コーナーに足を止めた。何故大学図書館に絵本コーナーがあるんだと言われそうだが、確か大学には子供を相手にする学科の人たちがいたから、そのせいだと思われる。まあとにかく、絵本があったわけだ。  大学生にもなって、とかあまり気にしない彼はふかふかの柔らかい椅子にどっかり腰かけて、何気なくとった一冊を開いた。なるべくさっと読めるものとして、薄そうなのを選んだ。ファンシーなテイストの白い子羊が表紙だった。けれども、彼はまんまとその外面に騙されることになる。  主人公のその子羊は、ある日オオカミに母親を殺されて、そのオオカミに弟子入りをする。そして羊はどんどん強くなり、最終的に師と慕っていたオオカミを殺して、復讐を遂げる。そのとき、彼は友達を待つことも忘れて一心にページを捲ってしまった。 『そこにいたのは、オオカミでも羊でもない、得体の知れないぞっとする生き物だった』。  内容も中々だが、この最後の締めくくりの言葉が、彼は忘れられない。  なぜ今そんなことを思い出すのか。きっとこの男に出会ったからだと、彼は思った。
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