オオカミでも羊でもない男

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 絶望し意志を投げ去った人間はそれほど抵抗などしない。環は宙に引きずられるまま、適当な居酒屋の暖簾をくぐったのだ。環は最初こそ一言も口を開かないまま項垂れていたが、酒が入った人間は理性を失う。アルコール度数がさして高くもない、女が好き好んで飲みそうな甘ったるい酒を胃に流し込んだ環は、泣きながらすべてを語った。彼女が好きで、お近づきになれたらと思い、一年間持っていた想いを告げたが華麗にフラれ、しかもダメ出しまでされたこと。  簡単に言うとこういう話だが、酔っ払いの話はとにかく内容が薄くてそして無駄に長い。したがって、この一行で終わる恋の話は、三時間ほどぶっ通しで続いた。宙は真面目そうな相槌を打ちながら、環が泣いてこちらを見ていないことを良いことに、つまみを食い酒を飲んで食事を楽しんでいた。別にどうでもいいわけでないが、しかし所詮はよくある話だった。環のことは残念だなと思う一方で、しかし何の面識もない人間が告白するなど、よほどの美貌と自信を持っていなければしないことだと冷静に思ったが、言わなかった。環はかなり不器用な人間であるらしい。同じ授業を一年と少しとっていたはずだが、少しも話したことはなかったのだ。  宙と環は、多分人間性と友人のタイプが全く違う。だから、教室で座る席の位置も、属するグループも違っていた。きっとクラスメイトがこの二人を見れば一体何があったのだろうと勘ぐる程度には、想像しがたい組み合わせだ。  そして環はとうとう突っ伏してしまい、そこから動かなくなった。そのとき、首筋が目に入り、今に至る。
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