食えない男と食われた男

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食えない男と食われた男

 環は意外と教室内で目立つ奴だった。それが良い意味でなのか、悪い意味でなのかは、わからない。ともかく、派手な見た目をしているわけでも、極めて素行が悪いわけでもない。まして高校のように身なりや立ち振る舞いが均質化されていない大学で目立つことなど、よっほどのことがなければそれほど目に触れない。しかし、なぜか環の方に視線が集まるのだ。種を明かせば簡単で、環の雰囲気は何だか尋常ではないのだ。その瞳に生気など宿っていないのに、妙に爛々としていて、いつも強く緊張していた。まるで環にしか見えてない敵がいるようだとさえ感じた。こんな平和なご時世なのに、独りだけ銃を構えて警戒しているような殺意と警戒心があった。何かに強く敵対視する一方で、少しだけ臆病な色を見せるときがあった。  しかしそんな環だが、誰かと接しているときの姿は存外年頃のそれとは変わりがなかった。趣味の話をして、彼の友達と盛り上がって笑っているのを、宙は何度か見かけたところがある。しかしふとその会話風景を垣間見ていると、周りの友達が盛り上がっているのに反し、環だけ真顔で黙っている場面を、何度か見かけたことがある。周りの人々は一様に彼の変化には気づかず、宙のみがその生きづらそうな横顔を目撃する。彼だけ違う場所にいる。何がきっかけでそうなってしまうかはわからない。しかし突然、何らかの心象が彼の胸中を独り占めして、集団に打ち解けることを許さない。  その姿を見ていたからかも知れない。あのオオカミにも羊にもなれなかった化け物の物語を、思い出そうという意思なく思い出したのは。  だから、いつか彼に聞いてみたかったのだ。何を見ているのか。どこに向かったのか。何を考えているのか。自分のことをオオカミだと思っているのか、それとも羊だと思っているのか。  それとも。  自分と同じように、オオカミにも羊にもなれない化け物だと、思っているのか。
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