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第一幕:上様の決め事 −語出−
「むかーしむかし、あるところに、ひとりの神様がいました」
「いきなりどうしたの?」
「んー。特に理由はないかな」
「ふーん」
「続けていい?」
「いいよ」
「わかった。じゃあ、話すよ?この話を聞いて泣いたらダメだからね?」
「泣かないよ」
「えー。わたし、このお話は凄く悲しいお話だと思うのに」
「なら話さなくていいよ」
「それはそれで嫌だなぁ」
「どっちなの?」
「君は冷たいね」
「僕は普通だよ。君のほうがおかしい」
「えへへ。話が噛み合っていないね」
「今に始まったことではいでしょ? で、話をするの? しないの?」
「君は会ったばかりのときはもっと明るかったのにね。あ、もちろんお話はするよ」
「じゃあ早くしなよ」
「そんなに焦らなくていいじゃない」
「はいはい」
「じゃあ……話すね?」
さみしいさみしい‘かみさま’のお話を。
とてもかわいそうな女の子のお話を。
_________________
昔々、あるところに、一人の‘かみさま’がいました。
人間の男児の容姿を持った‘かみさま’でした。
‘かみさま’は神様の中でも赤ちゃんの方で、神様なのに何の力も持っておらず、とても弱い神様でした。小さな神様でした。
神様の中で赤ちゃんの方といっても、‘かみさま’は神様なのでとても長生きです。とてもとても長生きです。
そんな‘かみさま’は、持ち主の居なくなった誰のものでもない神社に住み着き、毎日を穏やかに住んでいました。
ある日、いつものように縁側に座り、のんびりと空を眺める‘かみさま’の元に、一人の女の子がやってきました。
つやのない髪の毛を整えることもせず、身なりも体格も乏しい少女は、‘かみさま’の容姿と同じほどの年齢の、13歳ほどの女の子でした。
女の子は縁側で惚ける‘かみさま’に向かい、「一緒に遊ぼう?」と声をかけました。その日から‘かみさま’の日常は大きく変わりました。
何の変化もなく、色あせていた日常が彩られていきました。
その日。全てが変わり始めたきっかけとなった日。
女の子が‘かみさま’に声をかけた日。
それは、女の子がとなり村から引っ越してきた日でした。
女の子は暮らしていた村が他の領地から攻め入られ、滅び、家族を失ってしまい、命からがら親族の暮らすこの村へ逃げてきたそうです。
女の子と‘かみさま’の二人は、長い時間を二人で過ごしました。
毎日毎日二人で時間を食いつぶし、互いの距離を縮めて行き、大切な関係を積み上げて行きました。
朝起きて、‘かみさま’が寝床にする誰のものでもない神社に女の子がやってきて、縁側に並んで座って熱い茶を啜りながら青い空を眺める。
冬には雪に彩られた景色を見て。
そうやって移ろう景色を意識の端に捉えながら二人で他愛もない会話を晩まで続け、日の沈む手前の刻に互いに手を振り、別れる。
時には御結びを持って遠出をし、近くの野山で山菜を採り、そこらを歩いている野良猫と戯れる。
こうして毎日が新鮮で穏やかな日々を送り、4年の月日が経った頃。
二人が互いを想い始めた頃。
二人の暮らす村に異変が起きました。
それは、誰が悪いわけでもない気象の変化に伴う疫病の蔓延でした。
一人二人と村の人間が倒れて行き、村に暮らす百人余りの人々のおよそ3割が命を落としてゆきました。
ただただ運が悪かった。偶然だった。
そんなことは皆が知っていたはずです。
けれど、対処法が確立されていない以上、村人たちは不安を紛らわすためにも全ての要因を何者かに押し付けなければ気が済みませんでした。
‘かみさま’はその時、疫病の要因として仕立て上げられてしまいました。
女の子は‘かみさま’の元に行くことを禁じられ、‘かみさま’は悪しき神として人々から忌み嫌われてしまいました。
人々は‘かみさま’を疫病の神として、あらゆる疫病を操る神と定め、持ち主のいない神社に閉じ込めました。
するとどうでしょう。
崇拝のための社を手に入れ、具体的な神様としての概念を与えられ、疫病の要因としての嫌悪という一種の信仰の対象となった‘かみさま’は、一人前の神様としての枠組みに括られました。
それは、二人が分かたれて1年ほど経った頃でした。
人々の願いから、人々の造話から概念を与えられた‘かみさま’は、その概念通りの力を与えられ、ようやく一人前の‘神様’となることができました。
神様に与えられたのは疫病の力です。
あらゆる疫病を操り、新たな疫病を作り出すこともできる力です。
神様は、力を使って、自分と女の子を自分たちの勝手な都合で引き裂いた村人へ復讐をすることにしました。
自分と女の子を、二人を穏やかな日常へ戻してほしいと願いながら、それを壊した村人の日常を壊そうと決意しました。
そこからはあっという間に時が過ぎて行きました。
新種の疫病を流行らせ、村人の数が二十人を切った頃、村の長は神様の怒りを収めるためと言い、女の子を神様の元へ送り出しました。
これでようやく二人の穏やかな時間を取り戻すことができる。
神様はそう信じていました。
こうして、約2年の時が空き、女の子は綺麗な嫁入り衣装に身を包んで唇に真っ赤な紅を引き、神様の元へやってきました。
そして、この逸話は今でも語り継がれており、逸話に伴う風習も当然のように受け継がれてきました。
年に一度、村で一番美人の13歳の女の子を神様の末裔だと言われている仁宮家へ送り出し、そこから一年間の村人の健康を祈願する。
その風習は、神様が恋をした女の子がその命を全うした翌年から、今の今まで受け継がれてきました。そして、これからも……
___________________
「どう?」
「いや、どうって言われても、何が?」
「とぼけなくてもいいのに」
「別にとぼけてないよ」
「で、感動した?」
「いいや?」
「泣きそうになった?」
「いや、ぜんぜん」
「おかしいな。私が聞いた時は少し悲しい気持ちになったのに」
「やっぱり君はおかしいよ。この話で悲しい気持ちになるなんて」
「そう?」
「うん。どっちかといえばハッピーエンドだと思うんだけど」
「うーん。ハッピーエンドじゃないんじゃない?」
「まぁ確かに。正直あまり話が理解できなかったんだよね」
「ありゃりゃ。やっぱり私の説明が下手なのか」
「うん。君の説明は下手だよ。第一、本当にこんなお話あるの?」
「あるよ」
「本当? 聞いたことないんだけど」
「本当だって」
「ふーん」
「あ!信じてないね」
「うん」
「まぁいいや。私が知ってほしいのは仁宮家の方」
「仁宮家?」
「うん。神様の末裔って言われていて、今でもこのあたりで一番偉いお家」
「そんな家があったんだね」
「君は無知すぎるよ」
「僕は基本的に興味を示さないからね」
「なんだかまた話がかみ合わなくなってない?」
「確かに」
「でさ、さっきも話した仁宮家のことなんだけどさ」
「女の子を仁宮家へ送り出だすっていう話?」
「そうそうそれ」
「この話がどうしたの?」
「その話、今も続いてるんだけどね」
「うん」
「今年は私なの」
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