【アセスメント】白猫と四つの神器

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【アセスメント】白猫と四つの神器

「そうか。おまえはやはりこの家を継ぎたくないのだね」  庭掃除を終えたぼくたちは縁側に並んで腰を下ろしていた。  叔父上に「思っていることを全部吐き出してごらん」と促されて、胸の内に抱いこんでいた思いをぶちまけた。ぼくの話を聞き終えた叔父上は小さく息を吐く。  叔父上はこんなつまらない話をずっと黙って聞いていてくれた。  いつだってそうだ。この人はこうやって、静かに悩みを聞いてくれる。  どんな小さなことでもいいから、抱えているものを外に出しなさいと言って。  たとえば両親がいないことが悲しくてふさぎ込んでしまったときも、逆上がりがなかなかできなくて友人にバカにされたときも、彼は嫌な顔ひとつせずに最後まで聞いてくれた。ぼくの横に寄り添うように座って、うんうんと小さくうなずきながら。  そうやって聞いてくれる叔父上の存在は本当に大きい。彼がもしもいなかったら、ぼくは心に抱えたものに押しつぶされてしまっていたと思う。  叱られたこともあれば、一緒に泣いてくれたこともある。ぼくの肩を抱いて、大丈夫だと背中をさすってくれる。  それだけで、ぼくの心はどれだけ救われてきたかわからない。  いつかぼくもこんな人になりたい。誰かの悩みを聞いてあげられる。叔父上のように器の広く優しい人がぼくの目標だった。 「孝明。おまえの気持ちはとてもよくわかるよ。誰かに頭ごなしに言われるとすごく腹が立つものだよな。それが父上の考えではなくて猫だというのなら、従いたくないと思うのも無理はないと私は思うよ」 「ここのみんなはおかしいんだ。猫、猫、猫。猫様が一番って。そのくせ猫のことなんか、みんななんにも知っちゃいないのに」 「知らないのは無理もないさ。誰もその猫のことを実際には目にしたことがないんだから」 「え!?」  うつむいていた顔をあげて、横に座る叔父上のほうへ顔を向けた。  まじまじと見つめる。  叔父上は困ったように眉毛を八の字にさせた。ほんの少しだけ口元に笑みを乗せると「実は私もなんだよ」と答えた。 「さっきも同じことを話したと思うが、あの方は気に入った者の前にしか姿を現さない。どんな姿をしていらっしゃるのか。どんな声で鳴かれるのか。それすら私は知らないんだよ。だからどんなにおまえが私を慕い、私を父上に推したとしても、あの方の姿も声も知らない私では、ここを守れないのだよ」 「あの猫は……いったい何者なんですか? じーさまは神様って言ってましたけど」  ぼくの問いに叔父上は「それじゃあ、訊くけれど」とぼくを見つめた。 「本殿にはなにが祀られているか、おまえは知っているかい?」 「とても大切な神器だと聞いています」 「そうだ。とても大切な神器だ。だけど、本物じゃない。レプリカだ」 「レプリカ?」  目をしばたたかせる。叔父上は先ほどとは比べ物にならないほど、大きなため息を吐いた。 「本殿には朱雀の目、玄武の爪、白狐の牙、青竜の(ぎょく)という四つの神器が祀られていたんだ。四神の魂が封じられていると言われるものだ」 「魂だけなのですか?」 「ああ。魂だけだ。千年以上も昔、四神の力を使って、この世界を滅ぼそうとした者がいてね。その者と戦った私たちのご先祖『久能(くのう)黎明(れいめい)』様がなんとか四神を取り戻すことに成功したんだよ。その黎明様が以後、二度と四神が悪用されないようにと、力と魂をわけたんだ。魂は神器に、器は守り手と言うようにね。しかし、そんな四神の魂を封じた器もひとつを除いて、すべて盗まれてしまった。12年前の話だよ」  一旦、ぼくから顔を背けて遠い空へと視線を飛ばす。空に黒い影が旋回していた。とんびだ。鳴きながらゆっくりと円を描いて飛んでいる。 「その日はちょうど父上とあの方が出雲大社に呼ばれて留守のときだった。残った三神たちが作った結界を破って、盗人はすんなりと本殿に侵入したんだ。結界が破られたことに気づいたおまえの父である兄上と、巫女だった義姉上と私は本殿に向かった。そこで四人の賊と争いになったんだ。私は外へ逃げていった者を追い、本殿に残った兄上と義姉上が三人と戦うことになった。兄上も義姉上も、とても強い神力の使い手だったからね。その場を二人に任せて追いかけたが、結局取り逃がしてしまった。私が本殿に戻ったときには、すでに息だえた義姉上が横たわっていたんだよ」  ぼくはなにも言えなかった。どう言っていいかわからなかったからだ。  初めて聞く話だ。これまで両親は不慮の事故で亡くなったとだけ聞かされてきた。  誰も詳細を教えてくれなかった。まさか、こんな形で聞くことになるなんて思いもしなかった。 「続きを聞くかい? つらいなら、ここでやめるけれど……」 「いえ。続けてください」 「そうか」  叔父上は首を縦に振って、うんとうなずいた。 「兄上の姿がないことに気づいて、私は兄上を探した。血痕が続いていたから、すぐに兄上がどこに向かっているかわかったんだ。兄上の血痕はある部屋へ続いていた。部屋のふすまを開けると、兄上が寝ているおまえに覆いかぶさるように倒れていたんだ。まだ息がある兄上を抱き起すと兄上は言ったんだ。ひとつだけ神器を守れた。そして隠したと。隠し場所を聞いたけれど、もう彼に答える力は残されていなかった。そのまま私の腕の中で静かに息を引き取ったんだ。それ以来、神器の在り処はわからなくなってしまった。探しているんだけどね」 「そんなことがあったなんて……」  ぼくは今、どんな顔をしているだろう。写真でしか見たことがない両親の壮絶な最後を聞いて、心がざわざわと落ち着かない。  優しそうな人たちだった。神器を守ろうと強盗と戦った挙句、殺されてしまったなんて考えたこともなかった。 「本物の神器もなく、三神の守り手も行方知れずの今、おまえがこの家に縛られる理由は何ひとつないんだ」 「でも、神器はひとつ残っているのでしょう?」 「確かにね。猫がこの社を離れないのなら、兄上によって隠された神器はおそらく白虎の牙だろう。あの方は白虎の守り手だからね。だけど、どこに隠されているのかは未だにわからないんだ。どんなに手を尽くして敷地中を探しても見つからないんだから」 「じーさまも知らないの?」  ぼくの問いかけに叔父上は「さあ?」と悲しげにほほ笑んだ。 「知っていたとしても、誰にも話さないと思う。あの父上のことだ。死ぬまで明かさないだろう。明かすとすれば継承の儀式のとき、おまえにそっと教える可能性はあるかもしれないね。まあ、あくまでも私の仮説だけど」 「それならなおのこと、ぼくじゃダメだよ! 叔父上が適任です!」 「孝明、私はね。すべての神器をこの社に取り戻したいと思ってる。そして兄上や義姉上の無念を晴らすこと。それができるなら、私は命をも惜しいとは思わない。ここにいる理由はそれだけだ。もしも兄上が生きていたら、きっとこの道を選ばなかった。私は……こうして人の悩みを聞いて、誰かの力になる仕事に就きたかったから。呪禁師ではなく、別の職業でね」 「叔父上もですか? ぼくもです! ぼくもそんな仕事ができたらなって」  伝えると叔父上は大きく目を見開いた。ややあと嬉しそうに顔をほころばせると「そうか」と何度もつぶやいた。 「それならば孝明、戦いなさい」 「え?」 「自分がなりたいものになるために、家は継がないと証明してやるんだ」 「どうやって?」 「簡単なことだよ。家を出るんだよ」 「家を出る?」 「出ると言っても一日くらいじゃダメだ。それこそ、儀式をボイコットするくらい長い時間をかけなくちゃ、父上もおまえの本気度をわかってはくれないだろう」 「でも、どこで過ごせばいいんですか? きっとじーさまは神力を使ってぼくを探します。すぐに見つかってしまいます」 「大丈夫。私が手引きするから。おまえは私の指示に従えばいい」 「は、はいっ!」  叔父上がぼくに小指を差し出した。 「では今宵9時に、屋敷の裏門で落ち合おう」 「はい」  叔父上が差し出した指に自分の小指を絡ませる。  叔父上はぎゅっと握ったあとで、パチンッと軽くウィンクした。すうっと流れるように立ちあがり、ほうきを片手に去っていく。その背中を見送るぼくは、不意に視線を感じて振り返った。  風がひゅろろっと流れる。  誰もいない。影すらない。 「四つの神器……白虎の守り手」  ぽつりとつぶやき、空を見上げる。  雲のない空にはもう、とんびの姿はなかった。
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