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 自分の呼吸がやけにうるさく感じる。  リーダーである”女王”からの命令は絶対だ。特に、彼のような群れの最下位の地位にある者にとっては。 (……そろそろ、あそこのボスが出てくるはずだ)  大嫌いな自分の大きな耳は普段隠している。だが、今だけは僅かな音でも聞き分けるためにフードから出している。黒めがちな二重の大きな瞳もよく見ようと眇めていると、それこそ間もなく狩りをしようという若い獣の姿のようだった。  ”女王”からの命令はこうだ。 『ライオン族が経営している宝飾店を今夜襲撃するための下準備をしてくること』だ。  人と変わらず、しかし自分たちの祖先の名残を耳やしっぽ、目などに色濃く残す彼ら――獣亜人たちは、人のような姿を取り人と交わりながら生きるようになっても自分たちの祖先が同じもの同士で生活していることがまだまだ多い。彼もそのうちの一人だった。  たとえ、自分の扱いがどんなに酷いものであっても、嫌われ者の”ハイエナ族”である彼にはほかに行く場所がない。 (出てきた! 確か、ボスの妻は4人で……もう1人はずっと留守だったから……よし、全員出てきた。店には誰もいない)  ライオン族も人と似た姿になったとはいっても、相変わらず雄を中心として多妻なのは変わっていない。なにより彼らは優れた者だけが住めるこの空中都市――『ハイ』に住まうことを許されていた。能力的なものだけなら同じ肉食獣の祖先をもち、本当はハンティングの腕前も彼らより上だったハイエナだって『ハイ』に住まうことを許されそうなものだが……。 『おーいブチ、連中が出てきたんならとっとと中確認して来いよ。残っている奴らがいたら皆殺しだ。その後で俺たちが盗みに入るからな!』 「俺の名前は(まだら)だってば」  耳につけた無線から近くで待機しているハイエナの仲間から督促が来る。食事をする時、ライオン族たちは男女一緒に行動する。大体はセキュリティが厳重で入れる隙がないことが多いのだが、ここ数日セキュリティチェックを担当している第一夫人が留守にしているようでいつになくセキュリティが甘いと仲間から報告があった場所を襲撃することになった。  獣亜人たちが多く住まうこの国の中心には、選ばれた種族や優秀な者、政治家などが住まう空中都市――『ハイ』と犯罪を犯したものや身分の低い者、嫌われた種族などが住まう地表にある街『アンダー』とに分かれている。常に花々が美しく咲き誇り緑豊かで常に綺麗な水が流れる守られた都市『ハイ』に比べて、『アンダー』は肥えた土地も少なく設備などもまともに揃っていなかった。  ブチ、と仲間から呼ばれた青年――斑もハイエナ族の仲間たちと共に『アンダー』に住んでいるが、『ハイ』と『アンダー』の行き来そのものは禁止されていない。居住空間がそれぞれに定められているだけで、たとえば『アンダー』の住人が『ハイ』で商売することなども問題なかった。『アンダー』にはない、設備の揃った病院なども『ハイ』にあるので、重い病気にかかると『アンダー』の住人も『ハイ』で治療を受けることが多かった。  ただ、『ハイ』で何か犯罪を犯し、捕まれば『ハイ』に入ることは禁止される。だからこそ悪さをする集団は斑のような、群れの中でも立場の低い者を犠牲にすることが多かった。『ハイ』に入れなくなるということは、たとえば重い病気にかかったりなどしたらすなわち死ぬことを意味していたので。  斑の短い柔らかな髪が緊張をはらんでいるためか風もないのに逆立つ。フードを被りなおし宝飾店の正面から入ると、扉はすんなりと開いた。ライオン族側が集団でいない限り、ハイエナ族数人の方が勝てる確率は高い。体躯は確かにライオン族の方が断然良いのだが、人に似た姿となり、地位を与えられて富を築き優雅に暮らす彼らとは違い、『アンダー』で這いずりまわりながら生きているハイエナ族の方が結果的に力が強くなってしまった――特に、人を傷つける力が。  宝飾店は緩やかなオルゴール音が鳴り響いている。良い香りもしていた。斑はポケットの中のナイフを確認するように握りしめながら、耳を澄ませて――ふと、何か物音をがするのを聞いた。
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