08
「先日は世話になった」
仏頂面で現れたライオン族の男に、メイオは大きな耳をピンと立てた。印象が強い男なので忘れられるわけもなく、メイオはカウンタの仕事を別な店員に任せるとカフェ備え付けの個室に誘導する。少し離れたところで本に気を取られていた、ハイエナ族の小柄な青年も慌てて駆け寄ってきた。
「メイオ、この間は本当にありがとうございました」
「礼なんていらなかったのに。仲間なら助けるのが当たり前だからね」
礼だと言われてライオン族の男から差し出されたのはここら辺ではみたことのない宝石だった。装飾の類は何もついていないが、暗い蒼の輝きはこの宝石が高価なものなのだろうということを容易に知らせてくる。ヒート中に会った時は小柄な青年もなかなか色めいていたが、普段は表情が良く変わる明るい性格の持ち主であるらしい。「斑」という名前を聞いて、ふうん、とメイオは首を傾げた。
「それは多分、君の本当の名前じゃないんじゃないかなあ。ブチハイエナで斑、なんて。安直すぎるよね。ライオン族の子どもに獅子ってつけるようなもんだよ。君にハイエナの番ができれば、相手には分かるはずだけれど」
「本当の名前? うーん……でも、ずっとまだらとかブチって呼ばれて育ったから。俺の名前が突然変わっても、困るよね?」
ね、と斑にのぞき込まれると、レグルスは「そうだな」と素っ気なく返して視線を逸らした。斑はきょとんとなっただけだったが、何となく雰囲気を察したメイオは立ち上がると斑を扉の方へと押しやった。
「あーほらほら、この間、ちゃんとうちの店の中見切れなかったんだろう? オレが君の怖い保護者さんの相手しているから、満足いくまでゆっくり店の中を見ておいで」
いいのかな、と心配げにレグルスを見やった斑だったが、ぐいぐいと背中を押されて気持ちを切り替えたのか、「行ってくるね」と明るい声で部屋を出て行った。この部屋の明るさは斑のお蔭だったのか、とメイオは一気によどんだ雰囲気に堪えきれず深く息を吐きだした。
「あのさあ。あなた、いい大人なんだから自分よりもずっと年下の仔にはもっと優しくしてあげてよ。態度あからさま過ぎるでしょ。そりゃ、オレ達は嫌われ者だけど……」
メイオは心の内にもやもやを秘めておくのが苦手なタイプである。斑とは違って少し吊り上がり気味の黒い瞳でライオン族の端整な容姿の男を睨みつける。
「第一、なんでライオン族がハイエナ族を? おバカな子で遊ぶのが楽しかった? ……まさか、あんな世間知らずそうな子に手酷いことでも」
「遊んだりするために、拾ったわけじゃない」
拾った? と怪訝そうに返してきたメイオに、レグルスが斑を拾った経緯を話すと「なるほど」と一応は頷いて見せた。
「カッショクハイエナの女王サマなんてやることえぐいからね。オレには到底真似できないな。んで? 結局、あなたは寂しい一人ぼっちのブチハイエナを拾ってさ、自分を慰めていたってことでしょ」
「どうしてそうなる!」
いつもなら感情を隠すことだって得意なはずなのに、思わず声に怒りを混ぜてしまったレグルスをメイオも冷たく見返す。
「だって、自分にお似合いの可愛いライオン族の女の子とかさ、それこそ番を見つけたらブチハイエナなんていらないじゃないか。そして、それはあの子も分かっているでしょ、どうせ。いつか捨てるつもりなのに……あの子も分かっているのをいいことに、そういうのって卑怯っていうんじゃないの?」
メイオは思い浮かんだことをすらすらと口にしたが、一方のレグルスは耐えかねたように眉根を寄せる。――まるで、斑本人に問い詰められているような感じがして、思ったよりも辛い。違う、とレグルスは言葉を口にした。
「……私の方が、斑に見捨てられるんだよ。あの子は、今まで境遇が悪すぎて愛情に飢えている。他のライオン族に半殺しにされてすぐに、偶然拾ったライオン族に喜んでついてまわったりなどと。例えば貴様みたいに、落ち着いていて面倒見がよさそうな同族がいれば斑は幸せになれる――そうあの子が気づいたら、私など不要だろう」
レグルスはおもむろに何かが入っているらしい紙袋を取り出し、テーブルの上に置いた。
「私がすぐに用意できる分の、価値のあるものを持ってきた。これであの子が苦労しないように面倒を見て欲しい」
「……は?」
さすがに読めない展開が続いてついていけなくなったメイオが呆れたように声を出した。
「笑えるだろう? 斑が、他の雄や雌にとられたら相手を殺す自信があるなんて……こんなのは、異常だ。私以外の誰か――同じ種族の者を番として選ぶ方があの子の幸せだと分かっているんだ。斑が幸せになれる未来を、奪うようなことはしたくない」
「ちょっと、さあ。なんか考え過ぎなんじゃないの? まあ、でもあの子をブチハイエナたちのコミュニティに入れることについてはオレは賛成。あの子にはあなたの匂いが移りすぎて、このままだと他のハイエナ族が近寄れなくなりそうだもの」
最後は冗談のつもりで言ったメイオだったが、レグルスが笑うようなことはもはやなかった。
少なくとも、相手がせめて同族ならメイオももっと親身に相談に乗ったけれど、ライオンとハイエナでは住んでいるところが天と地ほども違うのだから応援してやれない、というのが真情だ。だが、冷静な分メイオには答えが見えているような気はした。
「あなたが面倒見切れないってことなら、喜んでこの街でオレたちが面倒みるよ。ここはオレ達でも生きやすいし、ブチハイエナの数は少ないからΩなら大歓迎。ただ、オレなら黙って出ていかないでちゃんと話し合うけどな。……で? これからどうしたいのか、ご要望は?」
ライオン族の話を感情を差しはさまずに聞いたメイオは頷くと、斑を呼び寄せて帰っていく彼らの後ろ姿を見送ったのだった。
「レグルス、屋敷にあった絵本の続きが売ってたんだ」
帰る途中もずっとレグルスは無言のままで、重い空気に耐えかねた斑が屋敷に戻るやいなや、自分で選んで買った本を見せた。
「……続きなんてあったのか」
やっと喋ってくれたレグルスに嬉しくて斑は思いっきりの笑顔になる。
「俺、この絵本好きなんだ。主人公がね、最初はみんなにいじめられたりするんだけど、頑張っていくうちに自分が本当に好きなものをどんどん見つけていくんだ。俺はまだまだ勉強とか足りないよね。もっといっぱい頑張ってレグルスの仕事手伝うから」
宣言するように言うと、レグルスはハッとしたような顔になり、何かを言いかけたがすぐに黙ってしまった。
「ごめん、疲れているよね。また明日!」
一際明るい声で挨拶すると、斑は買ったばかりの絵本を抱きしめながら自分に割り当てられた寝室へと潜り込んだ。
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