14人が本棚に入れています
本棚に追加
ください5
「なんだよ……吃驚させんな。それより顔が引きつってるぞ、一体どう」
「話は後だ! 逃げるぞ!!」
言葉を遮り、そう叫んだ正人は俺の右腕を掴んで走り出す。つられるようにして俺も足を動かした。
傘を拾うのを忘れた為、すぐに身体はずぶ濡れになっていく。
今聞こえるのは、俺たちの息づかいの音と降り続く雨の音。そして濡れた路面を走る水はねの音だけだ。
何から逃げるのかも分からないまま走っていたが、体力がずっと続くはずもなく、二人とも息が上がってゴミ捨て場の陰に隠れるように座り込んだ。
制服のシャツが雨でズッシリと重い。
息を整えつつ正人を見やれば、ガチガチと歯を鳴らして震えている。
異常に何かを恐れているように見えた。
「おい、何があったんだよ」
正人はその問いかけにようやくこちらを向いた。俺と目を合わせて数回深呼吸をすると、ようやく口を開く。
「例の、殺人事件の犯人っぽい男が……人を殺すとこを見ちまった」
「は? まじかよ!? なら警察に」
「行けねーんだよ! そいつと目が合ってから、どんなに走ってもこの住宅街から出られねーんだ! スマホも圏外になってて電話も何も繋がらねーし!」
大声を出し、頭を掻き毟る正人の言葉に俺は自分のスマホを急いで取り出す。
画面の左上のには、さっきまでなかった圏外の文字が表示されていた。
思えばさっき正人に引っ張られるまま走っていたが、結構な距離を走った気がするのに通り過ぎてきたコンビニにさえ辿り着いていない。
そんなに距離は離れていないはずなのに。
気づいた瞬間鳥肌が立つ。
段々とこの奇妙な今、を頭が理解し始めた。
辺りを見回せば、相変わらず人の気配がない住宅街が広がるばかりだ。
「嘘だろ……なんだよ、これ」
「そいつな……なんか分かんねーけど、人間じゃないんだよ。でも幽霊とかじゃねーと思うんだ。見えるし、実際に目の前で人を殺してたんだから……」
意味わかんねーよな、と俯いてしまった正人に俺は何も言えなかった。
とりあえず大きく深呼吸を繰り返して、無理矢理に自分を落ち着かせる。
この状況はただ事ではないし、どうすれば打破できるのかも分からない。
ダメだ。落ち着けるはずない。それでも、冷静にならないと……!
相反する気持ちを、手を強く握りしめる事でなんとか抑え込もうと試みる。
この異様な住宅街にはまだその犯人がいるのかもしれない。
だとすれば、なんとしてでも逃げなければ。
最初のコメントを投稿しよう!