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ください6
「正人。犯人は一人だったか? 何が凶器だった?」
「え?」
「この住宅街から出れないのは分かった。でもとりあえずそいつから逃げきらねーと殺される、だろ?」
正直言うと自分でも相当焦っているのが分かるくらいに早口になった。
正人の両肩を掴んで顔を上げさせれば、正人はぐっと唇を引き結んで頷いてくれる。
俺の心の余裕の無さに正人も気づいたようだった。
逃げるにも相手の情報が無ければ何も始まらない。正人には殺害現場というキツイことを思い出させることになってしまうが、俺たち二人の命がかかっている。
雨は小雨になってきていた。
正人は震える自身の両手を合わせて強く握りしめる。
「そいつは傘もさしてなければカッパも着てなかった。上下黒の服で、マスクや帽子なんかも何もつけてない」
結構な雨が降っていた筈なのに何も雨具をつけず、フラフラと家路を急ぐ様子もないその人物に正人は違和感を感じたらしい。
正人の少し前には傘をさしたOL風の女性が歩いており、そいつは何かをボソボソと話しかけているようだったという。
「雨音のせいもあってよく聞き取れなかった。『傘ください』みたいな事を言ってたと思う。それで女の人の方は頷いたんだ。それで、自分の持ってた傘を差し出そうとしててさ。だけどなんかヤバそうな奴だったから、二人に駆け寄ろうとした時には……」
正人は手をほどき、片手で前髪を強く掴んだ。その顔には後悔のようなものがありありと浮かぶ。
「女の人が包丁みたいなので首あたりを刺されてて……! すげー勢いで血が吹き出て、この住宅街中に響くような悲鳴が聞こえて。それでもそいつは何回も何回も、女の人の身体に包丁を突き刺すんだよ……もう周りは血の海って感じでさ、俺、怖くなって走って逃げるのが精一杯だった……!」
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