乗り心地のいい自転車

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 その夜、彼はまだ走っていた。不思議と体力が尽きることはなかったし、とにかく走ることを体が欲していたのだ。 「本当は家に帰らなきゃいけないんだけど…」  そう思っても体が言うことを聞かなかった。自転車はスピードを緩めることなく、進み続けた。もはや、彼の周りにあるのは見知らぬ風景だった。どこの県のどこの町なのかも分からない。  先へ、先へ…。駆り立てる気持ちだけはどれだけ進んでも消えることがなかった。  やがて、夜が明けた。道は川沿いで、並木の新緑がまぶしかった。川が終わると、山道に入った。道は険しかったが途切れることはなかった。彼は道がある限り進み続けた。トンネルを超え、曲り道の多い峠を超え、とうとう山の先の町に入った。その頃には、2回目の夜が訪れ、明けていた。 「……」  少年は考えることをやめていた。山の先の町からそのまた次の町に入った頃には、時間の感覚もなくなっていた。夜が来て朝になり、また夜が来て朝になる。その繰り返しだった。  何日経ったのかは分からない。飲まず食わず、排泄も睡眠もなく、彼は走り続けた。しかし、体力は尽きることなく、ペダルを漕ぐ足が止まることはなかった。
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