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さっきまで降っていた雨は止み、雲の切れ間から青空がのぞく。山からは白い蒸気がゆったりと上がり、辺りには土の匂いが充満している。 明るくなった外に出ると、家の脇にある小道に入る。急な坂道で、人が一人通れるくらいの細い道だ。両脇には紫陽花が咲き、その先には茶畑が広がっている。 小道を登りきり、舗装された道に出る。舗装されたといっても、歩道も車線もない、軽トラック二台がギリギリすれ違えるくらいの田舎の農道だ。 左手は山の中に、右手はこの集落の中心部に続いている。中心部といっても公民館と自販機がひとつあるだけだけど。 祖母に届け物を頼まれ向かう家は、左手の道を15分ほど進んだ所にある。 この時期の鬱蒼とした山の匂いに飲まれながら行く道の中程まで来たとき、少し先に開いたままの大きな傘が落ちていた。 傘の先端の石突がこちらを向いていて、まるで鋭い視線を受けているようだった。生地は深い緑色で、雨に濡れて濃くなった草木の色に負けないくらい鮮やかだ。 なんでここに傘が?しかも開いたまんまだし。 頭の中が、はてなでいっぱいになる。 周りには山しかないし、誰が? まさか事故とか?! そう思い、慌てて傘に近付こうとした時、不意に辺りが暗くなった。足を止めて見上げると、灰色の雲が日の光を遮っていた。 また降ってきそうだと思いながら傘に視線を戻したその時、私からは見えない手元の部分を軸にして傘がゆっくりと回り出した。 傘の内側が薄暗い山の中に晒される。 そこには黒い額縁に収められた写真が2つ並んでいた。 瞬間、私は体を翻してもと来た道を駆け戻った。 「あれ」が来たんだ。 どうして私が。 こわい こわい こわい 恐怖のせいだろうか、目の前の全てが色あせて見えた。 また、長い長い雨が始まる。
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