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ガラス越しの5月
「水先輩…洗濯物乾燥機に入れておきましたよ」
「ありがとうね麦くん」
水さんはそう呟いてティッシュを2~3枚取り出してるてる坊主を作り始めた。
前回のサークル活動から1週間がたった。
もう梅雨に入ってしまったのか、全く晴れる気配がない。
早く晴れて欲しい水さんは昨日からずっと、てるてる坊主を作っている。
昨日からずっと……。
その結果、机の上には大量のてるてる坊主……机の下は行き場を失ったてるてる坊主が沢山落ちていた。
机から落ちたてるてる坊主を拾うと、全員違う顔が書かれていることに気がついた。
つり目のてるてる坊主にタレ目のてるてる坊主……中には左右で目の色が違うてるてる坊主まであった。
「水先輩……全員顔が違うんですね」
「え? だって、てるてる坊主だってみんな個性があるでしょ?」
「そうっすか……」
水さんはまた、てるてる坊主を作る作業に戻った。
そしてまたてるてる坊主が机から落ちる。
なんというか…見ていて悲しくなった。
「水先輩…このてるてる坊主達どうするんですか?」
「うーん……あ! じゃあ……」
そう言って水さんは輪っかにしたテープを俺の頭__麦わら帽子につけた。
突然先輩が近くに来るものだから、咄嗟に目を閉じた。
カサッ…と麦わら帽子が音をたて目を開けると水さんはにこにこと笑った。
「麦くん可愛いよ!」
そう言いながら手持ちサイズの鏡を渡された。
鏡を除くと麦わら帽子にてるてる坊主がついている。
つり目のてるてる坊主とにっこりと笑っているてるてる坊主だ。
どことなく自分と水さんに似ている気がする。
「似合ってますか……?」
「うん! 物凄く可愛いと僕は思うよ!」
「そっ……そうっすか……」
水さんは満悦の笑みを浮かべている。
そんな笑顔で見られたら…こっちが恥ずかしい。
水さんから目をそらすように下を向いた。
視線を逸らした先にあったのも、てるてる坊主だ。
色んな顔で俺のことを見てくる。
てるてる坊主からまた、目を逸らすとティッシュ箱に目が止まった。
もうティッシュ箱にティッシュは入っていなかった。
それはそうだろう……。
机からこぼれ落ちるほどてるてる坊主を作ればティッシュは無くなる。
ん? いや待てよ……?
ティッシュ箱は確かこれで……
「先輩……ティッシュ箱がもう家にないですよ」
「えぇ!? あ…ほんとだ……! ごめんね麦くん……」
どうやら、気づいていなかったようだ。
水さんの表情が暗くなった……気がする。
なんとなくだけども。
その時、部屋にあった時計が鳴った。
時間は4時……そろそろ買い物の時間だ。
「水先輩、買い物しに行く時間ですし…ティッシュ箱買ってきますよ」
「本当…?……じゃあ僕もついて行くよ!」
「え?ついてくるんですか?」
「えっと……ダメだったかな?」
「いっ…いえ! むしろ嬉しいぐらいっす! その…先輩と買い物に行くのがえっと……あの……」
やってしまった。
なんて言えばいいのか分からない。
自分の顔が赤くなっていくのが感じる。
そんな俺のことを見て水さんはくすりと笑った。
「僕も麦くんと買い物行きたかったから…嬉しいなぁ〜!」
「そっ…そうでしたか……」
「じゃあ、買い物行こうか!」
そう言うと、先輩は玄関へと早歩きで向かって行った。
このてるてる坊主どうするんだろう……。
そんなことを考えながら俺は財布とエコバッグを持って玄関に向かった。
玄関先には傘を1本持った水先輩がいた。
俺も自分の傘を持とうとした時「あ、麦くん!」と先輩に止められた。
「今日は僕が傘持ってあげるから、一緒の傘で行こうよ!」
「えっと……それってつまり……相合い傘では?」
「いいじゃん相合い傘でも! ほら、早く行くよ!」
水先輩は早口で言いながらドアを開けた。
ドアを開けると、雨の匂いが家の中に入ってくる。
水先輩のグラス越しに俺は雨が降る5月の街を見た。
でも、街にはもう5月の面影はない。
紫陽花と雨が降る6月がこの街に、もうすぐ傍に来ていた。
* * *
先輩がつけてくれたてるてる坊主のおかげか帰る頃には雨が上がっていた。
久々に見た太陽と暑さは6月と言うより夏のように感じた。
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