6月の映画館

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6月の映画館

水さんと一緒に映画を見に行くことになった俺は気合を入れて新しい服を買いに行った。 カッコイイ服を着て水さんをリードしよう。 そんなことを考えながら黒色で薄手のパーカーを買った。 だが、家に帰って服を見るといつも着ているパーカーとそっくりだった。 結局、俺の服はいつもと変わらない服装になっている。 しかし、今日の水さんはいつもの白いワンピースと薄い水色のカーディガンに紫陽花のコサージュを付けていた。 カーディガンがまるで水さんのグラスの中の水のような色だ。 俺ももう少しオシャレな服を着た方がいいのかと、水さんを見てそう思った。 映画館に着くなり水さんは売店でポップコーンを注文している。 突然、水さんが振り向いて手招きした。 ゆっくりと水さんの元に近づくとメニュー表を指さした。 「麦くんは塩とキャラメルどっちが好き?」 「え? えっと……塩ですかね」 「塩ね! じゃあ私はキャラメル味にするね」 水さんの無邪気な笑顔を見て少し鼓動が早くなる。 塩味のポップコーンバケットを持ちながら水さんに連れられて上映番号が書かれた部屋に入った。 結局、水さんをリードするという俺の夢はとっくに消えていた。 中に入ると他の映画の広告が流れていた。 恋愛ものやホラー映画……有名なSF大作の新作など色んな広告が出ていたが、イマイチピンと来なかった。 開始を伝えるベルがなりゆっくりと薄暗くなる。 木々が揺れるようなBGMと共に映画のタイトル【その魔女は科学を求めた】という文字がゆっくりと現れた。 ストーリーは箒を改造することを禁止されている国に暮らす箒屋の魔女_速度の魔女が国の幹部の1人である紫陽花の魔女に別世界に連れて行って欲しいと頼むところから始まる。 紫陽花の魔女は速度の魔女の願いを聞き入れ科学が発展した世界に行きとある科学者と出会い科学者の科学に惹かれていく。 ……ここまでは良かったのだ。 魔女と科学者が恋仲になったり科学者を狙う少しヤンデレ気味な女性の登場していた。 最後は小説と違う終わり方で映画は終わってしまった。 呆然とした顔で俺はつらつらと流れるエンドロールを見ている。 隣を見ると水さんも少し驚いたような顔をしていた。 そりゃあ原作と全く違う終わり方をしたら嫌だろうな…と俺は思った。 ある意味水さんとのお出かけはあっさりと終わった。 水さんの隣を歩く俺は何を喋ればいいのか分からなくなっている。 水さんは鼻歌を歌いながら上機嫌に歩いていた。 水さんは【その魔女は科学を求めた】__マジョカガのストラップやマスコットを購入した袋を大切そうに抱えている。 とりあえず、映画の事を話そう……。 「なんか……最後は怒涛の展開でしたね……」 「うん!」 「まさか……最後に主人公が元の世界に帰るとは思いませんでしたけど……」 「んー確かに……でも、あの終わり方も選択肢の中にあったんだろうな〜って考えたら納得もいく気がする」 「そうでしょうか?」 「元の世界に帰るか…科学者と一緒に暮らすか……その選択肢をリヒカちゃんは強いられたんだもん」 「あー……ん? リヒカちゃん?」 一週間前に水さんに貸してもらった小説の中には1度も出たことの無い単語だ。 俺が首を傾げていると水さんは買ったストラップを取り出した。 黒い魔女の帽子に赤いローブを着た速度の魔女のストラップを指さして言った。 「うん! 主人公はリヒカって名前だよ」 「小説に書いてありましたっけ…?」 「あ、初期の方には書いてあるんだ」 「初期?」 「初期のプロットの時はリヒカって名前だったんだけどお兄ちゃんが」 「え、初期のプロット? お兄ちゃん?」 「うん、このマジョカガ書いたのお兄ちゃんなんだ……」 「そうだったんですか」 暑くじっとりとした帰り道に俺は2つのことに驚いた。 水さんにお兄さんがいることと、水さんがお兄さんの事を話している顔が何処か暗く感じたこと。 水さんとお兄さんの間に何があったのか……俺にはわからない。
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