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「犬村殿は、いつもあの峠で、あのように見張りをしておいでなのですか」
摩利藻はたずねた。
外はとっぷりと暮れていた。
摩利藻は、忠右衛門と差し向かいで夕餉をとっていた。
といっても、摩利藻は、長旅の疲れのため食欲がない、とほとんど箸をつけず、酒をちびちびと舐めるだけで、いっぽうの忠右衛門も飯は食べずに、自棄になったみたいにやたらと酒ばかり飲んだ。
「いやいや」
忠右衛門は、顔の前で手を振った。
「いつもは、関所を家来どもに見張らせておるだけにござる」
「では、今日はなぜ。
ひょっとして、息子殿ですか」
忠右衛門は酒を飲む手を止めて、黙った。
摩利藻は謝った。
「不躾なことを申しました。
お忘れを」
「いや、摩利藻殿には、たいへんなご迷惑をおかけ申した。
いまさら、隠すことでもござらん。
その通り。
バカ息子が、またぞろバカを、しでかしましてな」
燈台の火を映した酒の水面を見つめて、苦く笑う。
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