家啖い

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「我が殿、辰太郎(たつたろう)様は、無類の酒好きでござってな。  美味い酒があると聞くと、どんなに遠方の、たとえ他国の酒でも、取り寄せて味を試さずにはおられぬ。  で。  このほど、あの栗鼠森峠を越えて、やっと届いた酒がござったのだが」  そんなにいい酒ならば、自分が飲みたい。  と息子殿。  忠右衛門が主君・馬上辰太郎弓重から預かっていた、酒の代金と、受け取りのための割符を盗むと、峠を越えて運搬してきた商人に提示した。  約束通りの代金と、正式な割符を持っているのだから、商人は酒を渡してくれる。  この交渉は、忠右衛門が管理している関所の手前で行われた。  金と割符が紛失していることに忠右衛門が気づいたときには、とっくに息子殿は、いつも連れ歩いている悪童たちと一緒に、峠道の途中にある山寺に立てこもってしまっていたのである。  火縄銃まで持ち出しているので、酒に酔った勢いで、もし峠を通る者を、 「まと」  にして遊びだしたりしたら、一大事だ。
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