家啖い

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 さらに、夜が更けた。  食事を終えて、摩利藻は客間にひっこんだ。  残った忠右衛門のもとに、家来が来て、息子殿の説得を再開しよう、と言ってきたのへ、 「今日は、もう遅い。  明日、夜が明けてからにしよう」  忠右衛門は、もう休め、と家来に命じた。  忠右衛門は、ひとりで濡れ縁に座って、庭を見ていた。  庭、といっても、庭木一本、生えていない、むきだしの土の地面の広場である。  そこは忠右衛門の稽古場だった。  毎日、ここで槍を突き、刀を振り、弓を射ってきた。  息子も、ここで鍛えた。  幼い頃の息子は、じつに素直だった。  忠右衛門と同じ木刀を振りたいと、息子がねだったことがある。  渡してみると、その重さと長さを制御できず、息子は自分の体のほうが振り回されて、尻もちをついた。  泣かれては困るので、急いで忠右衛門は木刀を拾い、おどけながら振り回して、あやした。  鉄製かと疑うほどに重い木刀を、片手で軽々と振るう父。  息子のまなざしは驚きにみはられ、すぐに尊敬のそれへと変化した。  あの、まるで太陽を見るかのように自分を見る、キラキラと輝いていた、息子の瞳。  思い出して、夜の庭を前に、忠右衛門はたまらず、泣いた。  とめどなく涙があふれ、鼻水も出て、顔全体がシワになった。  身も世もなく叫び声をあげたかったが、さすがに、それは我慢した。
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