家啖い

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 髭の先端をピンととがらせた、初老の男が、進み出て言った。 「ここは馬上(うまがみ)家が領内、狸穴郷(まみあなごう)である。  それがしは、馬上家が家臣、犬村(いぬむら)忠右衛門(ちゅうえもん)。  この栗鼠森(りすもり)峠の防備を任されておる」  女が素性と旅の目的を答えると、忠右衛門は髭をいじりながら、ふむふむとうなずいた。 「摩利藻(まりも)殿と申されるか。  豆腐売りとは、珍しい。  その、牛の背にあるのが、豆腐か」 「豆腐は傷みやすいゆえ。  これは材料と道具にございます」 「豆腐とは、うまいものらしいな。  それがしは、まだ食べたことがないが」  では、見たことはあるので。  と忠右衛門の家来らしい一人が言った。 「ばかもん。  あるわけなかろう」  忠右衛門は、大口を開けて、ガハハ、と笑った。
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