家啖い

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「つまり、いまと何も変わらん、ということだ。  武士の命は、主君のもの。  もともと俺のものでも、親父殿のものでもない。  もとから自分のものではない命が、どうなったところで、何も変わらん。  ひっきょう、武士の一生など、長いか短いかだけの差よ。  それでも生きるのがおもしろいなら、長引かせる甲斐もあるが」 「おもしろくありませんか」 「つまらん。  武士は、つまらん」  狐十郎は吐き捨てた。  うつむいた顔は暗く、樽を見るまなざしも暗かった。 「やあ。  やあ。  やあ」  鼓膜を圧する大声が、石段の方から聞こえてきた。
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