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第四罪:秘密
広がる大通りを前にしてエーデルが息をつく。彼女の手のなかには温かいチャイティーが握られている。
ある日の夕方、娼婦と紳士はデートの約束をしていた。
空の色は朱色――橙に捌けて徐徐に濃紺へと呑み込まれていく。風が吹く。金色の髪がなびき、チャイティーの香りが鼻を抜けた。
「おや?」
そこで声がかかった。エーデルはカフェの外に張り出しているテラス席に着いていた。彼女の華奢な肩に誰かが――いや、待ち人が――右手を添える。
エーデルには、相手を確かめる必要などなかった。声と優しい手で分かるから。だが、娼婦は彼の顔を見たくて振り向いた。
「――今日は、偵察じゃなかったのかい?」
「レグルスっ」
「やあエーデル。すまないね、待たせてしまった」
娼婦の前に口髭を蓄えた紳士がいた。レグルス・ロビンソン、年齢の離れた恋人だ。
「いいの。思ったより早かったのね」
「恋人を待たせているからね」
エーデルの表情がほころぶ「恋人」という台詞が擽ったい。「ひとくち……飲む?」彼女は照れ隠しにチャイティーを差し出した。
紳士が「ありがとう」と受け取った。手渡すときに偶然にも重なった掌は優しい。
「冷めたかも知れないけれど」
チャイティーを口にした紳士が「美味しいよ」と微笑する。そんな中、エーデルには一つ気になることがあった。
「ねぇ、ところでさっきの偵察って何の話?」
娼婦の問いに紳士が「あぁ……」と頷く。
「来ていただろう? 以前、うちの会社に」
あまりになんでもないことのように言われ、エーデルが驚く。
「あれは――確か昨年だったかな。クリスマスの前に……あぁ丁度、あの日だ。君が一人ファッションショーを開催した日だよ」
「知ってたの!?」
危うく娼婦の息が詰まりそうになる。まさに寝耳に水――青天の霹靂とはこのことを言うのだ……
「わたしが知らないとでも?」
紳士が、にやりと笑った。
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