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「あんな恰好、女優でもしない」
不意に部下が口を開くものだから、紳士が何事だ? と相手を見遣る。
赤毛に碧眼のアルフィーが丸っこい瞳を会議室のドアにやった。「あれです」とばかりに片眉を上げた。レグルスも後を追い、なんとか笑ってみせた。
青年が、こそりと耳打ちをする。「知り合いです?」長身を少し屈めて紳士と外の人物を交互に見た。あのビッグ・キャットの眼をしている。
……待て。たしかに彼女は外部の人間だが、敵――競合他社の人間ではない――紳士は狩るなッ! とばかりに部下を制した。
「どこかの迷い猫だろう」
彼は努めて冷静にその場を乗り切ったが、年明けに起こった騒動のこともあり、若い青年を飲みに誘ったのは、先日のことだ。
二人で個室の席に着き、互いに好きな酒を注文する。レグルスは「この前の迷い猫だが」と早々に白状した。
「……………………恋人なんだよ」
「えっ、マジで?!」
レグルスは「自分も彼の恋愛沙汰を知っているので仕方がない。50:50だ」とばかりに白状したが………大声で社会人にあるまじき返答をされた。しかし今回ばかりはいいだろう。静かに嘆息する。
「あっ、いや失礼しました。なんていうか、想像の斜め上を突き抜けっ……て」
「だろうな」
青い瞳をこれでもかというほど白黒させた青年に苦笑いを浮かべた。「いいぞ、思ったとおりのことを言って」「コメントのしようが……」紳士は再び「だろうな」と繰り返した。
「この年齢になると、たとえ金目当てだろうが何だろうがいいんだよ。そんなことを言っては怒られるかもしれないが………」
「だめです!」
すかさずアルフィーが噛み付いた。どうやら、この青年は紳士が思う以上に彼を慕ってくれているらしい。
「残せる物の引き取り手だって欲しいんだよ」
「独身………でしたっけ?」
「ああ」
紳士にアルフィーが遠慮がちに聞く。レグルスはホワイト・リリーを飲んでいた。一方の部下は甘口のものばかりを頼んでいる。
「随分と、きついカクテルを選ぶんですね」
「たまに、どうしようもなく飲みたくなるんだ。……君は甘党だったね?」
「あっ! いや、そうなんですが。今、飲みやすいものを探していて……その……ロージィが俺と一番最初に飲みたいからって」
「ほぅ。それで飲みやすい甘口のカクテルを?」
「まぁ………そんなところです」
アルフィーは思わぬところで攻守が交替したッ! と首の後ろを掻く――照れくさいときの癖が出た――対するレグルスは酒の力も手伝って、擽ったい気分になっていた。
「ちょうどいい。少し聞かせてくれないか? 若い恋人を持つ年寄りにアドバイスをくれるかな」
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