第三罪:三角関係

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第三罪:三角関係

 【それじゃあ、七時にカフェで】  彼からの返信は思っていたよりも早く届いた。エーデルがメールを送って二日後のことだ。彼は娼婦と違い、昼の職に就いていた。また今のエーデルは定職には就いていない。  仕事を早く終える日があるからと、日程を決めたのはベンだった。  娼婦は短く礼と承知した旨をメールで送り、スライド式の携帯電話を閉じる。  今日が、その約束の日だ。  七時なら、まだ紳士は会社に居るはず。話すことも決して多くはないだろうし、できることなら手短に済ませたい。そうすれば紳士の帰宅時にはエーデルと家に帰って来られることだろう。 ……よし、問題ない。  大きく息をして、仰向けでベッドに倒れ込む。両手で顔を覆った。時刻はまだ午前十一時を回ったばかりだ。空腹でもなければ眠くもない。  だが、気持ちが重いばかりに、いっそエーデルは眠ってしまいたかった。  彼女が瞼を閉じてみる。だめだ、陽の光が瞼に張り付いて視界が瞼越しにでも白く明るむ。眉間に皺がよる。カーテンを引き忘れたせいだ。………眩しい……不快……だがカーテンを引きに行く気にはなれず、娼婦は結局眠ることも諦めた。  仕方なく起き上がり、紅茶を片手に本を読むことにした。エーデルがオースティンの文学書を手に取る。  誤解や偏見から起こる恋のすれ違い――結婚などを巡るてんやわんやだ――昔にテレビドラマを見たような気がする――これは彼女が娼館から持ってきた数少ない私物の一つだった。  エーデル・オーチャードは、娼婦であったから学がない。またマチルダとして馬鹿なふりをしていたことのほうが長かった。  しかし彼女は根っからの馬鹿ではない、特に小説は文学作品を好んだ。  娼婦は活字と物語にのめり込むことで、約束の七時まで少しの間、現実逃避をしていた。
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