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こいつは知らない。私がちゃんと時間を合わせて家を出てきてることも、髪の毛を完璧にしてきてるのも、ほんのちょっとだけ化粧してるのも。
正直、毎日朝早く起きて、馬鹿らしいなって思うこともあるし、ちょっと手を抜いたってどうせ気づかないって思う。
でも、こういうことが本当にたまにでもいいからあるなら、努力してよかったって思うし、もっともっと可愛くなりたいって思う。
水嶋の目に少しでもよく映りたい。そういう欲が出ちゃう。
いつもより近い距離に、心臓が高鳴ってる。顔が熱い。体温が3度くらい上がった感じ。自分がさすよりも高い位置に傘があると、改めて私より20センチくらい高い水嶋との身長差を意識してしまう。
「さっこってちっちゃいね」
水嶋がそんな私の気持ちを見抜いたように、頭上から話しかけてくる。
「女の子の平均身長くらいだもん…」
そう言って、私はセカンドバックを肩にかけ直して目をそらした。目を合わせたら、顔が赤すぎて心配されるかもしれない。
「そうなんだ。まぁ俺は平均より10センチくらいでかいけどね」
「見ればわかるよ」
雨がしとしと降って、私たちの会話のバックグラウンドミュージックを奏でる。
この先誰からどんな高いプレゼントをもらうよりも、どんなに美味しい料理をご馳走してもらうよりも、他愛もない会話をして好きな人の隣に並んで歩ける今が、何より幸せに思えた。
校舎の影がだんだん大きくなってくる。
水嶋とは2年目になってクラスが違くなってしまったので、部活の終わりの時間でタイミングが合わない限り、朝のこの何分間かしか1日のうちで会えない。
学校になんか永遠に着かなければいいのに。
大半の生徒が、スクールバスで登校しているため、私たちのような徒歩で来れる者とは入口が異なる。時間も早いせいか、あまり他の人に会うことはない。
すれ違う人もほとんどおらず、世界が突然2人だけになったみたいだった。
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